第19話 運命
ギルドに帰還したカイル達を待っていたのは歓待ではなかった。役人たちが入れ代わり立ち代わりカイル達の元を訪れた
「都で、騒ぎが起きまして。農民たちが、武器を、」
「鎮圧が、間に合わなかったのです」
役人たちの言葉はどれも断片的で、どれも歯切れが悪かった。
彼らの言葉を総合すると、なにか政治の世界で動きがあったらしい。カイルが飛竜と斬り結んでいたその裏で、王都では別の戦が始まっていたのだと、ようやく理解した。
情報を生業とするものから、より詳しい事情を知ることができた。
反乱がおきたのだ。圧政に苦しみ機を窺(うかが)っていた農民たちが烈しい暴動を起こした。武器を収集していたことで内乱を鎮圧することが出来なかった。この失態によって古い大臣が更迭され、新しい大臣が今も内乱を鎮めるために陣頭指揮を執っている。
それが、カイル達の知り得た事件の全容だった。
「とにかく今は、ここで動かないでほしい。」
役人たちは繰り返し、同じことを言うだけだった。
殺気が抜けきっていない。カイルはギルドの裏庭で焚火を熾し、目を瞬(しばた)いた。命を賭して戦った仲間達もその焚火を囲んで動かなかった。
翌日も、待機の指示があった。合点がいかなかった。自分たちは不可能を成し遂げたのだ。国家の重鎮ならばそのことを知っているはずだ。
「まるで罪人の扱いではないか。」
仲間の一人がたまりかねて叫んだ。役人たちは沈黙し、そして再び同じ説明を繰り返しただけだった。
カイルはなぜこのような仕打ちを受けるのか、かすかに想像できた。自分たちが飛竜と戦うために、古い体制派は最後の力を振り絞ったのだろう。
その結果、彼らは力尽き、新しい体制が生まれた。
カイルには、そう思えた。
そして、自分たちは不可能を成し遂げたことは間違いない。カイル達は自分たちを励ますように、そのことを語り合った。
役人隊があわただしくカイル達のもとに再び現れた。
「御重臣のフェルナンド様が、お越しになられます。」
その日の午後。カイル達は片膝をつき、フェルナンド大臣の到着を待った。草食竜の嘶(いなな)きが聞こえ、フェルナンド大臣とその一行の輝く鉄兜が見えた。
カイル達は長く、待たされた。フェルナンド大臣はカイル達の帰還した様子とその人数、名前などをギルドの人間達から詳しく聞いていた。
そうして、フェルナンド大臣は、しばらく何も言わずにカイル達を見下ろしていた。
その沈黙だけで、場の空気が一段冷えた。そうして、静かに声を発した。
「奇蹟の勝利だ。一刻も早く、故郷に帰りたかろうな。」
フェルナンドはそのように、ねぎらいの言葉をかけた。そうしてから静かに言葉を重ねた。
「だが今は非常時なのだ。農民たちの鎮圧に国家は全力を尽くしている。取り調べをうけることも役目の内と心得よ。」
取り調べ。その言葉にカイルは眉をひそめた。今、自分たちは取り調べを受けている。フェルナンド大臣の言葉は、何か自分たちの認識と違っている。
それからフェルナンド大臣は次々と問いを発した。「古き大臣から何か言葉をかけられたことはなかったか。」「農民たちからなにか言葉を受けたことはなかったか。」
「ございません。」
フェルナンド大臣の問いに、一つ一つ、カイルは答えを返した。今どれだけ国家体制が厳しい状況なのか。
「国王のお考えも、体制の方針も変わったと思え。国家は今、存亡の瀬戸際にある。もはや竜に勘案する
大臣の言葉に、ついにカイルが伏せた目を上げた。
「では、我ら竜狩りの役割は…」
「竜狩りの役割は終わったのだ」
大臣は呟くように、そう言った。
カイルは目を伏せ、しばらくその言葉の重さを感じた。怒りの声を発しそうな自分を必死に抑えた。悔しかった。自分たちの戦いに全く意味がない、そのように言われた気がした。
飛竜に勝利したことはまさに奇蹟だった。同僚たちの死は何だったのだろう。自分たちが生き残った意味は何なのだろう。
「愚かでございました。われらは。」
そう呟くのがやっとだった。その言葉にフェルナンドは首を横に振った。
「お前たちの
フェルナンドはそのように声を発した。その声には、怒りも憐れみもなかった。
ただ、切り捨てるような平坦さだけがあった。
その瞬間、若い仲間が顔を上げた。
「私たちが命を賭けたのは、農民たちの命と財産を守るためでした。」
若い仲間の一人が、そう叫んだ。その言葉に、フェルナンドが若者を凝視した。
「本当か。それは。」
フェルナンドが厳しく低い声を発した。カイルはさらに何かを叫ぼうとする若い仲間を目線で抑えた。
「本心からではございません。われらはあくまで、ギルドの飛竜狩りの命令に従っただけに過ぎません。」
「カイルといったな。お前も、農民たちの味方か。」
「いいえ。私の目的は、私自身の栄達のみでありました。」
フェルナンドの問いに、カイルはそのように答えた。お前には分かるまい、と思った。哀れな師の気持ちは分かるまい。その師を救い上げようとした自分の気持ちは分かるまい。
「全員、誓詞を書け。今後、農民たちに一切接触するな。誰であろうと国家に逆らう者は容赦なく役人に報告せよ。いいな。」
フェルナンドはそのように言って、その場を後にした。騎士たちの姿が消えた後、若い仲間がついに、涙をこぼした。
「私は、言ってはならぬことを言ってしまいました。」
その若者の言葉に、カイルは首を横に振った。もとはと言えば、飛竜が農民たちの生きる世界に踏み込んだことが原因だ。それは間違いない。そして、無力な農民たちを守るためにギルドが存在していることも間違いない。
この若者は間違っていない。はっきり言えば、叫ぼうが叫ばなかろうが、何も変わらない。
「もういい。悔やむな。」
カイルは、それだけを若者に言った。重い甲冑を着た戦士が、拳を固く握りしめた。
「これが、我らへの恩賞だというのか。これが…。」
絶句するように、甲冑を着た戦士が呟いた。
カイルと戦士達は今後一切農民と関わらない旨の誓詞文を書かねばならない。そのために全員が王都へと出発した。武器はもちろん、防具も外すように指示された。罪人のような扱いだった。
城は厳戒態勢が敷かれていた。堀の周囲には真っ白な
そして、建物のひとつにカイル達は入れられた。敷板は黒光りし、昼なのに暗く物音もしない場所だった。階段以外何もない虚ろな部屋だった。
足音を立てて、騎士官が現れた。やせこけ、老いた騎士官はカイルに改めて飛竜狩りの経緯を尋ねた。
カイルはただ、事実だけを話した。
「農民たちに加担する思いはないな。」
「はい。」
「では誓詞にそう記すがよい。そのことをな、しっかりと書くのだ。」
騎士官はカイル達に鵞ペンを手渡し、羊皮紙を差し出した。
——お前は大丈夫だ。
筆を動かしながら、カイルは師の事を思った。カイルの旅は師の言葉から始まった。そして師の言葉に導かれるようにして戦い続けてきた。そのことを師は分かってくれるだろうか。
誓詞を書き終えると、老いた騎士官は出口までカイル達を案内した。誓詞を書き終えた今、カイル達に用はないのだろう。騎士官は口を利かず、カイル達をいたわる気配も無かった。
「われらの褒賞について、なにかご存じではありませんか。」
たまりかねたのか、仲間の一人が騎士官にそう尋ねた。老騎士は振り向きさえしなかった。
出口に辿り着くと、老騎士はただ一言「出ろ」とのみ声を発した。
見送る者さえ一人もいない。小石のように見捨てられたまま、戦士達は城の出口をくぐった。石を敷いた路の両側に木漏れ日が落ち、銃眼がカイル達を凝視している。城門を通過すると、重い空虚感だけが残った。戦士達はひとり、またひとりと去っていった。それぞれに生活がある。だれもが無言のままカイルの
夜。カイルは城下町を抜け、ただ一人、医療院へと歩きつづけた。師に会いたかった。師は誰かから支援を受けていた。その後は
病の拡大を防ぐために医療院では見舞いが禁じられていた。カイルは見張りに金銭を渡し、特別に医療院への出入りを許してもらった。
病室はどこも罪人の部屋のように狭く、汚かった。それらの部屋ひとつ、ひとつを確かめる。蓬髪の男と、目が合った。
それが師との再会だった。寝台からよろめきながら立ち上がった師を、カイルは抱き留めた。
「よく、ここが分かったな。」
それがアンヘルの言葉だった。
「もう、二度と会えぬと思っていた。」
そう言ってアンヘルは苦し気に息をついた。
貴方は髭が伸びましたね。そんな愚かな言葉が、カイルの口からこぼれかけた。
「何か、外の人に伝言などありますか。」
「何もない。この通り伝えてくれればいい。」
「私は飛竜を倒しました。そうすることで、貴方に胸を張ってお会いしたかった。」
「出会った頃、お前は怒り、泣いていたな。心は晴れたか。」
カイルはその問いに答えることが出来なかった。心には闇だけがある。勇気を出して、カイルは師に視線を向けた。
「なぜ。なぜあなたは飛竜と戦うことができたのですか。だれの助けも得ずに。なぜ、貴方はそのようにあることができるのですか。なぜ今この瞬間も、」
心穏やかでいられるのですか。そう言いかけた瞬間、不覚にも眼のふちから熱が零れた。
「私の飛竜狩りは否定されました。残念です。」
カイルはそう言って目を閉じた。アンヘルが
「わたしは昔、考えたことがあった。欲した
「今は、違うのですか。」
「今は違う。正確に言えば、その問いに耐えられる。私は大丈夫だった。そう。母の言葉は正しかった。」
「欲した女は手に入らない。欲した物は手に入らない。なぜ生きるのか。私はその問いに耐えられる。私は大丈夫だった。カイルよ。」
「はい。」
「お前は大丈夫だ。きっと、大丈夫だ。」
「はい。」
「さあ、もう行きなさい。振り返らずに。お前は大丈夫だ。この言葉が、お前と共にある。」
「はい。さようなら。マスター。さようなら。」
アンヘルは静かに頷き、そしてカイルから手を離した。
カイルは立ち上がり、振り返らず出入口をくぐった。師が見守っている。その感覚があった。部屋を去った後も。通路に出たあとも。医療院を去ったその時さえ。師に見守られている。その感覚を失うことはなかった。
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