🌿 第1章 森が呼んだ夜
夜の寝室には、やわらかな灯りが
ひとつだけ灯っていました。
小さなベッドの上で、五歳ほどの
幼い娘が、お気に入りの絵本を
胸にぎゅっと抱えています。
「おかぁさま、きょうも
このごほんをよんでくだちゃい」
その声は、眠りに落ちる前の甘い
ささやきのようでした。
母親はそっと微笑み、娘の髪を
指先で整えます。
「あなたは、このご本が好きなのね」
幼い娘は、こくんと小さく無邪気に
頷きました。
その仕草は、まるで物語の続きを
待つ小鳥のようでした。
母親は絵本を開き、
ページの向こうに広がる“あの森”へと、
静かに声を落としていきます。
☆*。××🌙o, :。☆.*・ 。🌙××☆*。
🌿 物語は、ここから始まります。
数百年前のことです。
森や季節が、まだ互いの息づかいを
聞き合っていた頃、
深い森の奥に、小さな聖域がひっそりと
息づいていました。
そこは、誰が守っているわけ
でもないのに、
なぜか傷ついた心だけが
ふと迷い込んでしまう、
不思議な場所でした。
風はやわらかく頬を撫で、
光は土の上で遊び、
夜になると、森のどこかで
星の欠片が落ちたと囁かれて
いたのです。
その夜、森はひとつの気配を
受け止めました。
泣き疲れたようでいて、
どこか温もりを
残した気配でした。
細い道をたどって歩いてくる、
小さな影。
頼りない足取りなのに、不思議と
その歩みは揺らぎません。
迷ったというより、むしろ──
森にそっと呼ばれたかのような
歩き方でした。
少女は、木々の間に漂う淡い光に
気づきました。
それは蛍のようでいて、どこか違う。
触れれば消えてしまいそうな、
儚い青白い光でした。
光は少女の前をふわりと漂い、
まるで「こちらへ」と告げるように、
森の奥へと進んでいきます。
少女はためらいながらも、その光を
追いました。
追わずにはいられなかったのです。
森は静かでした。
けれど、その静けさは冷たさではなく、
どこか懐かしい毛布のような温度を
含んでいました。
少女の胸の奥で、
長いあいだ閉じ込めていた痛みが、
少しずつほどけていくのを、
彼女自身が気づかぬまま感じて
いました。
やがて、木々の隙間から
淡い光が広がり、
小さな聖域が姿を現しました。
そこは、森の中とは思えないほど
明るく、夜のはずなのに、
どこか昼の気配が混じっていました。
風は優しく、草は眠るように揺れ、
空気には、言葉にならない温もりが
満ちていました。
少女は、そっと息をのみました。
理由はわかりません。
けれど──ここは、怖くない。
そう思えたのです。
その瞬間、森の奥で、
かすかな鈴の音のような響きが
聞こえました。
少女は顔を上げます。
その音は、彼女を呼ぶように、
静かに、確かに、聖域の中心へと
誘っていました。
少女の物語は、
この夜、静かに動き始めたのです。
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