第25話 村田浩人
「もしこれが本物なら先輩、これは世紀の大発明ですよ」
村田と上条はとある研究室にいた。
「ああ、それより本当に大丈夫なんだろうな?」
「何がですか?・・・ああ、大丈夫ですよ。教授には調べたいことがあるとだけ言ってきました。それに僕は信用されてるんで、誰もここには来ませんよ」
上条はスポイトで液体を少しとった。
「それで、これは何て言うんですか?――」
「何って?」
「名前ですよ。先輩が作ったんでしょ?」
上条は小瓶の中の液体をのぞき込んでいる。
「ああ・・一応「T1」と名付けた」
「どういう意味ですか?」
「――それはお前にも教えられない」
上条の手が一瞬止まった。
「・・まぁいいです・・これでよし――」
液体の入った小瓶に蓋をして、上条はそれを専用のボックスに入れた。
「あとはこっちで手配しておきますので、見つかり次第すぐに始めましょう」
「?・・何の話だ?」
「――何って、実験ですよ。一度人に試さないとこれが本物かどうかなんて分からないでしょう?」
村田も考えていなかったわけではない。しかし・・
「人体実験だが少し待ってくれ」
「ん?――どういうことですか?」
「俺がお前にこれを見せたのは、何もこれをこのまま使うためじゃない。はっきり言ってこれは未完成だ。もちろんこれ自体でも効果はある。そこは信じてくれていい。ただ人類の進化に影響を与えるにはまだ何か足りない気がするんだ――だから見せたんだ上条、お前に――」
上条は村田の言葉の意味を考えた。この薬で何ができるのか・・・
「人は常に感情で制御する。言動や・・思考や、それはすべてと言っていいかもしれない。僕もそう思います――これは完成されてますよ先輩。でも、まだもしできることがあるのなら2人で完成させましょう」
「ああ、教授からも一目置かれているくらいだ。お前となら出来そうな気がするよ」
――
・・・
*
「それで?その後どうしたんだ?――」
車は研究所に向かっている。冬也は車のハンドルを握りながら、隣にいる村田に問いかけた。
「その後、俺たちは研究に明け暮れた。アイデアを出し合い、授業が終わると研究室に籠った」
「はぇ~!原チャで走り回ってた奴がねぇ――お前そんなことしてたのかよ?結衣は知ってたか?」
「知らなかったよ。医学の勉強をしてるとは聞いてたけど――」
「何だよ結衣にも言ってなかったのかよ!世紀の大発明何だろ?言ってくれれば俺が実験台になってやったのによぉ。よく分かんねけど――」
冬也は笑いながらそう言った。
「ふっ・・発明か・・――あれはそんな、そんな人に与えていいものじゃないんだ」
村田は静かにそう答えた。
「どういう意味だ?――」
「――あれは作るべきじゃなかった。俺は・・・」
*
「浩人(ひろと)!」
長髪で黒髪の女性が村田の方へと走ってくる。
「智絵(ちえ)――」
2人は歩み寄り抱き合った。
「もう終わり?」
「ああ、どこ行こうか?――」
「どこでもいいよ。浩人と一緒なら・・・」
村田と智絵は手をつなぎながら、その場を後にした。
*
「浩人?最近遅いけど、何やってるの?――」
薄暗い部屋の中、パソコンで何かを調べている村田。ベッドに横になりながら村田を見つめる智絵。
「ん?何って研究だよ」
「ふ~ん・・・」
智絵は退屈そうに返事をした。
「言ってなかったっけ?――」
「何も聞いてないよ」
智絵は不貞腐れたような甘えた態度で村田を見つめている。
村田は椅子を回し、智絵の方に向いた。
「大金持ちだぞ智絵!――俺は人類史に名前を残すほどの偉業を成し遂げたんだ」
「え?――」
村田はまたパソコンと向き合った。
「もうすぐなんだ――」
智絵は村田の言っている意味を理解できない。ただ何か最近の村田に寂しさを覚えていた。
「私は・・浩人さえいてくれればいいかな――」
「ん?――何か言った?」
それはささやかな智絵の願いだった。お金も名誉も何も望まない。ただ彼さえいてくればと・・・
しかし、村田にその声は届かない。
「そうだ。今度、久しぶりに2人ででかけようか?」
「え?――」
「デートにでもいかないか?――」
それは智絵にとっての幸せだった。彼と2人で明日もいられる。
それだけが・・・
「――うん」
智絵は村田の背中に微笑みかける。
*
それは激しい雨が降り注ぐ日だった。思いがけない出来事とは、その言葉の通り思いがけずやってくる。良い事も、そうでないことも。
“「交通事故だって――」”
“「まだ若いのに――」”
智絵の遺影の前に村田はただ立ち尽くしていた。何も感じない。何も宿っていないような瞳でただ目の前の「智絵」を見つめている。
その周りで、言いたいことをペラペラと喋る人たち。しかし村田には何も聞こえない。
地に足がついていないような、地面が遠ざかっていくような――そんな感覚。
失って初めて気づくという感覚。そしてなくしたものは、元には戻らない・・・
そればかりが村田の頭の中をぐるぐるとめぐる。
「元に戻せばいいんだ・・・」
茫然とした村田が、無意識につぶやいた。
次の日、村田が研究室に行くと、そこには珍しく真面目な顔をした上条の姿があった。
「先輩・・あの・・・」
「気にするな。俺なら大丈夫だ・・なんだろうな?――まるで智絵が背中を押してくれているみたいなんだ」
「先輩・・・」
表面的には生き生きとしているが、明らかに普段と比べて様子の可笑しい村田にかける言葉が見つからない上条。
「上条。俺はやるぞ!――手を貸してくれるな?」
「――・・・はい」
上条は村田の目をしっかりと見つめ返事をした。
「必ず成功させるぞ!人類の明日のために・・・智絵のために・・・」
「はい――」
またいつものように2人は研究を始めた。
智絵を亡くしたことで不安定な村田。
そして、それを分かっていながら上条は口元にニヤリと、不敵な笑みを浮かべていた。
そんな上条に、この時の村田は気づかない。
*
冬也は村田の話に、どう答えていいのか分からなかった。
「俺は智絵を失った。声をかけても動かない・・もう以前のように微笑みかけてはくれない彼女を目の前にした時、俺の頭の中にはもう何もなかった――」
車の外は雨と風で荒れている。
「正直、死のうと思った。何度も・・・けどそう思うたびに、智絵がもし今の俺を見たらどう思うだろうかと・・・そう思った――自分の研究を投げだして、中途半端に生涯を終える俺を見て、どう思うだろうかと――俺はその後、研究に没頭した。・・・上条と・・」
村田が「上条」と言った時、冬也はどこか違和感を覚えた。
「だがそれが間違いだった。俺がその時気づいていれば・・・今思い出しても後悔が絶えない――」
歯を食いしばりながらうつむく村田。
「何だ?さっきから肝心なことを言わねえなぁ奴だな」
「俺が・・・」
村田は言いかけた言葉を詰まらせる。
「彼女を殺したのは、俺だ――」
冬也も結衣もその言葉の意味を理解できないでいた。
*****
――
・・・お兄ちゃん!・・・
「お兄ちゃん!――」
村田が目を覚ますと、そこには結衣が顔を覗き込むように立っていた。
当時の結衣はまだ高校に入学して間もない。
「ん?・・・結衣か――」
制服姿の結衣を見つけた。
「何だ、もう朝か?――」
「何寝ぼけてるの?もう夕方だよ!――」
村田は起き上がり、枕もとの時計を見た。――16時32分。
「そうか・・・今帰ってきたのか?」
「うん、そうだけど。今までずっと寝てたの?――」
「どうやらそうらしいなぁ」
「そうらしいって・・・」
結衣は呆れるとともに、心配そうな顔をしている。
村田はベッドから起き上がり、急いで支度をした。
「夕飯は食べてくるよ、それと戸締りはちゃんとするんだぞ――」
「子供じゃないんだから、言われなくても大丈夫だよ!それに私はちゃんと起きられるし」
「そうだな――」
村田は小さく笑い、ふくれっ面の結衣に「行ってくる」とだけ告げ、出て行った。
村田が研究室に着いた時、時計は18時を示していた。中では上条はもう先に研究を始めていた。
上条は村田に気づくと「今日はもう来られないのかと思っていました」とバカ丁寧な口調で嫌味を言ってきた。
「すまない。寝過ごした――」
「・・・珍しいですね。先輩が寝過ごすなんて、疲れてるなら無理に来なくても良かったんですよ――急いだところで状況は変わりませんし」
「そうだな・・・」
村田は準備をしながら、軽く答えた。
「そういえば言い忘れてたんですが、来週はここ使えないのでそのつもりでお願いします」
「なんだ急だな?――」
「僕も今日、教授から言われたんで。代わりと言うわけではないですが、来週から始めましょうか?――」
「・・・なんだ?見つかったのか?」
上条には新薬の被験者を探してもらっていた。
「はい。先輩が寝てる間にね」
「やっぱり怒ってるんじゃないか?」
「いえ――それより、先輩が来たばかりなのに申し訳ないんですが、これからちょっと用事があるので、僕はこれで失礼しますね」
上条は荷物をまとめている。
「なんだ?デートか?」
「先輩と一緒にしないでくださっ・・・・すいません」
そう言った瞬間、上条は言ってはいけないことを言ってしまったと、言葉を濁した。
「気にするな。俺もいつまでも気にはしていられない。お前なりに気を使ってくれてたんだよな?悪い――」
「すいません――冗談が過ぎました」
それでも謝る上条に、村田は真面目な奴だと感心した。
「それじゃあ失礼します――」
「ああ」
この研究を始めるにあたって、あいつをパートナーに選んでよかったと改めて思った。
1人部屋に残された上条だったが、まったく頭が働かず上条が部屋を出た数分後に、部屋を出た。
――それから数か月後の経った
息をハアハアと切らす村田。目の前には白衣を着た上条が不敵な笑みを浮かべ、村田を見ている。これが一体どういう状況なのか?それは上条の前に、椅子に縛られた状態で悶える被験者の存在が物語っていた。
「上条・・・やめろ!」
少しずつ息を整えながら、村田は上条を説得する。
「よくここが分かりましたね?ふらふらじゃないですか?はっはっ!――でももう遅いですよ。これを押せば、もう誰にも止められない」
――上条はパソコンの画面を村田に見せた。
「言っただろ?それは未完成だと。T1は人に使っていいものじゃない――」
「ええ知ってますよ――」
村田はその言葉に驚きを隠せなかった。
「知ってるだと?知っていてこんなことを・・」
「ええ。当り前じゃないですか?僕が分からないわけないでしょ?――先輩は何故かそのことを僕に黙ってましたけど・・・僕は何でも試す主義なんですよ。前は失敗しましたけど、今回は大丈夫です」
「前だと?――」
「ええ、智絵さんでしたっけ?――先輩の彼女、いや、元彼女ですか――」
「・・・お前――」
村田は上条を睨みつけた。
「いや一瞬思っただけなんですけどね。いやー僕、思い立ったらすぐ行動するタイプなんですよ――先輩の新薬を携帯式の飲み物に売り出したらどうなるかなとか、まあ暇つぶしですよ。でまぁ・・完成しましてね」
楽しそうにニコニコと話す上条に、村田は憎悪を抱いていた。
「それにしてもあの女もバカですよね。今思い出しても、そう思いますよ。あなたからの差し入れだって、まあ一度先輩に紹介されていたからですかね?警戒心ゼロでありがとうって言うんですよ――」
「黙れ・・・」
「いやー笑いましたよ。そのあと死んだって聞いた時は。知ってますか先輩?彼女、急に道路の真ん中を走り出したらしいですよ。すぐに分かりました。ああ、あれ飲んじゃったんだって――なんだこの薬、不良品じゃんって――」
村田の呼吸が乱れる。
「でもね。その後調べていくうちに分かったんですけど。これ、不良品じゃなかったんですよ。それどころか完璧なんですよ。いやーその時ばかりは流石だなと思いました。でもこれだけじゃ先へは進めない」
「智絵・・・」
村田は屈み、膝をついた。
「何ですか?感情は余計なものだとかほざいた本人が感情の翻弄されてるんですか?先輩これ飲みますか?」
村田は顔を上げ、上条を睨みつける。
「大丈夫です。多分、智絵さんの様にはならないので、先輩はそこで座って観ててください。僕の実験を――」
「よせ・・・」
「では始めます――!」
被験者は涙を流しながら村田を見ている。
村田は朦朧とする中で、上条を見つめる。
何もできずただ這いつくばる村田を他所に、上条はスイッチを押した。
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