第21話 ただ現実と向き合っただけなんだから

仲間を失い、心ここにあらずな吉岡。


何がそうさせたのか?


要因になりえたものがあり過ぎて、答えがでない。日々変わりゆく田辺。


「死んだら何もないんだ。田辺?分かるだろ?彼女は救えない――お前が見かけによらず、ゾンビ相手ならどんな不利な状況でも対応できる能力を持ってるのは分かってる。今まではそうだったよな?でも今回は違う――数が多すぎるんだ」


「田辺くん、私は・・ついていけない。ここで待ってるね」


今まで黙っていた結衣が初めて口を開いた。


「結衣?」


村田は結衣の言葉に言葉を失った。


「見殺しにする気か?田辺がどうなっても――」


「見殺しにする気ですか?」


冬也が結衣を問いただそうとした時、その言葉を田辺が遮った。


「俺は見殺しにはしない。何度もいう様に林はなんでもない奴だ――俺にとって。そこは信じてほしい、結衣さん。ただ俺なら助けられる。そんな気がするんです」


もう何を言いても無駄だと口を開くものはいなかった。


「待ってるね――」


結衣は無謀すら理解できなくなった田辺に、それでも尚、微笑みを見せた。


「お前に結衣は任せられない・・・」


それは村田の言葉だった。


「村田さん――あなたが決めることじゃない」


田辺は吉岡と避難所へと向かった。



*****



「田辺くんだっけ?君は勇敢だね?というより、僕には無謀に見えるよ」


吉岡は死んだ目つきで、田辺を見た。


「俺が無謀ならそれはお互い様ですよ。それより集中してください。目はしんでてもいいですが、ほんとに死ぬなんてバカらしい。こんなことで――」


「目が死んでる?僕がか?」


「まぁ、それが分かるなら最初から1人で行こうとはしなかったんでしょうね。まあいいです。今は――吉岡さんの心のケアは研究所に着いてからします。今は林や他の生存者を助ける事だけ考えましょう」


「ああ、じゃあ行こう」


――ドンッ!ブシャッ!


田辺はバットでゾンビの頭を殴り潰した。


――バンッ!


「いいですね。その銃――俺も欲しいな」


「一般人はダメだよ」


――ドシュッ!


――バンッ!バンッ!


「吉岡さん!裏口に周りましょう。その方が中に入りやすそうです」


「裏口?先に言ってくれよ――」


二人は銃声につられて追いかけてくるゾンビから逃げるように、裏口へと向かった。



***



「吉岡さん、ここからは銃はやめときましょう。何か他に武器はありませんか?」


「ナイフならある」


吉岡はナイフを出して見せた。


「へえーいいもの持ってるじゃないですかぁ。流石にそんなものホームセンターには売ってないですよ」


田辺は冗談交じりに答えた。


「その方がいい。銃だと殺すより、引き付ける数の方が多い。ここから先は出来るだけ物音は立てず慎重に行きたい」


「分かった――」


――アアアアッ!


中から叫び声がする。


2人はアイコンタクトを取り、頷いた。


「行きましょう――」


田辺は裏口を開けた。


中に入ると、目の前に2体、ゾンビがふらついている。

田辺は包丁を取り出し、手間のゾンビの頭にそれを突き刺した。続いて吉岡もその先にいるゾンビの頭にナイフを突き刺した。


壇上へと続く階段を上り、カーテン越しに体育館の中を見ると、想像した通りゾンビがうようよいる。後は死体と血肉だらけだ。


ただ意味もなく壁を見つめるゾンビ。ただ肉を食べるゾンビ。見えているのかは分からないが、当たりをキョロキョロと見渡すゾンビ。

その光景に、田辺はほくそ笑んだ。


「ん?どうした?」


「いえ――少しファンタジーに酔いしれていただけです」


吉岡は言葉を返さない。


「行こう」


「ちょっと待ってください――」


「なんだ?」


「あれが林です」


田辺は2階の隅の方に座り込んでいる。林を指さした。

吉岡は頷いた。


「で、どうするんだ?」


「これを使います」


田辺は爆竹を見せた。


「できれば戦闘は避けたい。殺しは最小限で行きましょう。これをあっちの隅に投げます。ある程度あちら側にゾンビを引き寄せたら、反対側の壁沿いを走って、そのまま2階まで行きましょう」


「なるほど。分かった」


分かったとしか言わない吉岡を心の中で軽くバカにした後、田辺は爆竹に火をつけ投げた。


館内に響き渡る音に反応してゾンビが爆竹に近づいていく。


「少し反応は鈍いですが問題ないでしょう。何とかいけそうです。幸いランナーもいませんしね」


「ランナー?」


「走るゾンビですよ。あいつに来られたら対処が難しい。1体なら運が良ければ何とか、2体以上なら終わりです」


「難しいか・・はっはっ――僕の仲間はそのたった1体に殺されたってのに・・」


「個体差があるんですよ。奴らには」


吉岡は田辺の言葉に疑問感じた。


「話はここを抜け出してからにしましょう」


田辺は2階へと続く階段まで走った。





「せめて一言何か言ってくれよ、急に走り出すから――」


「吉岡さんは手前のをお願いします。俺は奥の2体をやります」


「え?!無視?」


吉岡の言葉を無視して田辺は目の前のゾンビにゆっくりと少しづつ近づいていく。


吉岡は指示通り、手間のゾンビをナイフで一刺し。

それを横目で確認した田辺は奥のゾンビに近寄り、包丁でそいつの頭を刺した。

そして、包丁をもう一本取り出し、そのさらに奥のゾンビも殺した。


包丁を引き抜くと血と肉がべっとりとついている。何より気にすべきはその見た目ではなく、匂いだ。


「包丁はしっかり回収するんだね」


「武器は貴重ですからね。一々探しにも行けませんし。それより吉岡さんあの反対側にいる2体お願いします。出来れば2階のゾンビは全部殺しておきたいので」


「あれかい?・・ああ、分かったよ」


「ではお願いします」


そう言い残こし、田辺は林の元へと向かった。




「林さん――」


林は目を真っ赤にしてこちらを見ていた。


「何よ?」


「気づいてるならこっちまで来られただろ?」


「気づかなかったの!・・」


「ふーん、あの爆竹の音に気づかないなんて、君の耳はゾンビ以下だね。まあ奴らは理性を失った分、聴覚がすぐれているのかもしれないけど」


林は嫌味な田辺から目をそらした。


「行こう。ここは危ない。それにもう泣き飽きただろ?」


「あんたって嫌な奴よね?今分かったわ、なんで私があんたのこと嫌いだったか?なんで美鈴はあんたのこと好きだったのかしらね?未だに理解できないわ」


「ああ、美鈴か――俺が殺したんだ」


「は?」


林は田辺が何を言ったのか一瞬分からなかった。


「ホントだよ。俺が殺したんだ――悲鳴がして駆け付けた時、美鈴はもう奴らに噛まれた後だった。その傷口を見た時、もう助からないと悟ったよ。だから殺したんだ。俺が・・」


「は?何それ?冗談?にしても今言うことじゃないわね。さあ行きましょう――助けてくれるんでしょ?」


「林さん――」


林は足を止めた。


「俺も美鈴が好きだった。彼女が死ぬ間際、俺は美鈴の俺への思いを知った。だからこそ殺したんだ。彼女のために――それがあの短い時間の中で俺が美鈴にしてあげられる唯一のことだったから」


林は黙ったまま何も答えない。


「田辺くん!終わったよ。そろそろ行こう。外も心配だ」


2階のゾンビを殺し終えた吉岡が戻ってきた。


「で、ここからどうするんだい?また何か策があるんだろ?ここから抜け出すにあたって――だから僕にあの2体を頼んだんだろ?違うかい?」


「ああ、違いますよ。あれはただの保険です。少しでも危険は排除しておかないといけませんから、可能なら。それより、また下に戻るのも何ですし、帰りはあの窓から行きましょう。丁度入り口付近の屋根の上に出られるはずです」


吉岡は苦笑いしながら、「分かった」といつも通りの返事をした。


「ちょっとまってよ1まだ話は終わってないでしょ?」


「終わってなくても今はやめておこう。話の続きはここを抜け出してからだ。少しは生きる気力が湧いただろ?」


林は田辺を睨みつけたまま目を離さない。


「君はいつも喧嘩してるのかい?田辺くん?」


「してませんよ。ただ楽しく会話してただけです」


――キャアアア!


壇上の方で悲鳴がした。


「あれ?まだ生きてる人いたんですね」


壇上の横のカーテンから人が3人出てきた。


“「助けてください!殺される」”


こちらに気づいた3人が手を振りながら叫んでいる。


「どうする?」


吉岡は焦りを見せながら田辺に問いかけた。


「そうですねーうーん・・・まあ、あれはほっときましょう」


“「はっ?」”


吉岡と林の声が被った。


「あんた本気で言ってるの?」


「ほっとくってどういうことだい?君なら助けられるだろ?」


田辺は面倒臭そうに目を細めながら、2人を見た。


「俺は林を助けるとは言いましたけど、他の人も助けるとは言ってません。それにあれはもう無理でしょう?ほら――」


館内のゾンビが壇上にいる3人へと近づいていく。


「まぁ、あれだけ叫んだらゾンビじゃなくても気づくでしょう。まあ仕方ないです。ここは潔く諦めましょう。見切りをつけることも必要ですよ。窮地では迅速な判断が求められますからねぇ」


「田辺くん・・」


吉岡は田辺を睨んだ。


「あれ?死んでた目が戻ってるじゃないですか?――言葉は悪かったかもしれませんが、これが現実です。彼らは助けられない。早くここを離れましょう」


「最低――」


林の言葉を無視して、田辺はその場を後にした。


――キャアアア!


彼らの悲鳴も食べられる姿も、田辺には聞こえないし見えない。

腕を噛みつかれ、皮膚がゴムの様に伸び、そして裂ける。

田辺はそこに何も感じない。1人が食べられると、後の2人は彼女を置き去りにして逃げる。

これも現実だ。


「ほら、一番近くにいる彼らですら助けようとはせず、置き去りにした。でもいいんだよ。それは何も悪いことじゃない。ただ現実と向き合っただけなんだから、助けられない現実と――」


壇上で喰われる女性の目がこちらを睨んでいるように見えた。

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