第22話 それぞれの不信感
林は目を背けた。
「あれが現実だよ。あれを見れないで、よく俺を批判できたね?まあ別にいいけど――でもいい勉強になったんじゃない?しくじればどうなるか、これでもう考えなしに俺を責めたりもできないだろ?どう?今もさっきと同じことが言える?彼らを助けに行きたいと思う?それでも俺は林さんを助けにここまで来たんだ。それが助けるってことだよ。どんな時でもリスクが生じる、どんな些細なことでも、それは世界がこうなる前から変わってない。だから助けなくても構わないんだ。それはただの選択肢ってだけの話なんだから」
「私は・・・」
「善意を振りまくことはそんなに面白いことじゃないよ」
「もういいだろ?田辺くん――いい加減にしてくれ」
吉岡の目はすでに戻っていた。
「それはこっちのセリフですよ。都合のいい時だけは強気なんですね。俺は吉岡さんにも言ってるんですよ。仲間を失ったことは不幸な出来事としか言いようがないですが、だからと言って我を忘れて死に走るなんて馬鹿げてる。俺がいなかったら今頃死んでましたよ。
俺は吉岡さんにも現実と向き合ってもらいたい。その上で助けたいならすればいい、あとは個人の自由です」
吉岡は何も言い返せない自分に苛立ち、歯を食いしばることしかできない。
2人は田辺についていき外へと出た。
外へ出ると屋根の上から門が見えた。
「あとはここを下りて皆と合流するだけですね。ここからは少し走ります。気を取り直していきましょう」
林は心の中で田辺に対して行き場のない怒りを感じながらも目の前のことに集中していた。
目の前には門が見える。その付近にゾンビは見当たらない。しかし、真下にはゾンビが数匹いるからだ。先ほど中にいた生存者が発した悲鳴も理由の一つだが、田辺の爆竹につられて入り口付近に集まっていたゾンビのほとんどが体育館の中に入って行ったと思われた。
田辺たちは屋根のすぐ近くにある壁の上に降りてから下に降りた。最後に吉岡が降りた時、数匹がこちらに気づき近づいてきたが、群れで行動しないゾンビなど恐れる必要などなかった。
「意外と簡単でしたね?そうだ、吉岡さん、先はすいませんでした。吉岡さんにはコミュニティーに加わってもらいたかったんですが、目が死んだままの人を入れるわけにはいかないので、少しけしかけてしまいました。さっきの言葉は本心ではないので気にしないでください」
吉岡は確かに先ほどよりは「意識」を取り戻していた。しかし、それはそれとして田辺の言葉をそのまま信じることなどできない。
「・・・ああ、いいんだ。ただ僕もバカじゃない。本心かそうでないかは分かるつもりだし、仮に誤解だとしても、僕も完璧じゃない。少し時間が欲しい。ただ他に行くところもない。言ってた通り、君たちについて行くよ」
「――そうですか。林さんは?ついてくるだろ?」
林は1つ間をおいて「他に行くところもないしね」と答えた。
「懐かしいなその間(ま)、大学で話した時も君は嫌味を言う時そうだったよね?」
田辺たちは門の外へと出た。
「そうだったかしら?一々あなたと喋ったことなんか覚えてないわ――そんなことよりあなたの友達はどこにいるのかしら?見当たらないけど・・」
林の言う通り、どこを見渡しても村田たちの姿はない。
「これはいったいどういうことだ?――」
吉岡は田辺に尋ねた。
「吉岡さんの車がない。3人もいない、ただ置き去りにしたとは考えにくい――」
田辺にもそれは分からない。ただ考える間もなくその理由は静かに、田辺の視界に現れた。
「田辺・・くん・・」
吉岡の震える声が聞こえる。林は身動きすらできない。
「はい――」
目の前に現れたゾンビ。それは上半身こそ他のゾンビとあまり変わらないが、下半身、特に足の筋肉が肥大し、明らかに入り口付近で群れていたゾンビとは違う。
――ランナーだ。
「吉岡さん、門を閉めてください。林さんも――」
「わ・・分かった」
(あいつがいる以上ここをすぐには離れられない。あいつらを相手にしながら奴とはやりあえない)
門の中にいたゾンビがゆっくりとこちらに近づいてくるのが見える。吉岡と林はそれに気づくと急いで門を閉めた。
しかし、門を閉める音が辺りに響き渡る。
「田辺くん!」
「大丈夫です!遅かれ早かれ奴は俺たちに気づく、奴とやりあうならそっちのゾンビは邪魔です」
――ギギャアアアアア!
ランナーが田辺たちに気づいた。
「ランナーは素早い!吉岡さん林さんを守ってください!」
「何よランナーって!?」
怯え震えながら林は目の前のゾンビを見つめている。
「見てれば分かるよ――」
田辺は包丁を取り出した、右手に包丁、左手にバット。これが前回、田辺が学んだやり方だった。
(まずは足の腱(けん)を切る――)
――ギギャアアアアアア!
田辺は吉岡たちから離れ、道路へと出た。
「こっちだ!――」
ランナーをけしかけ、おびき寄せた。
地面を蹴る凄まじい音が聞こえる。ランナーは田辺の方へと猛スピードで近づいてくる。
田辺は小走りでランナーへと接近した。そして、軽くしゃがみ込みながらランナーをすれすれでかわし、すれ違いざまに足の後ろを包丁で切りつけた。
――ズシャッ!
(浅い――)
「田辺くん!――」
吉岡の声が聞こえる。
「大丈夫です!それより、使えそうな車か何かありませんか?」
「・・・分かった!探してみるよ!」
――ギギャアアアアアア!
ランナーが再びこちらに近づいてくる。
田辺はバットを両手に持ち構えた。
(これしかない――)
――ダダダダダダ!
辺りにランナーの足音が響き渡る。
田辺はバットを振った。
――ドシュッ!
「ぐっ!――」
――カランカラン!
バットは飛ばされ地面に落ちた。
田辺は手の親指の付け根が裂け血を流している。
「クッソがあ!――」
(!――しまった・・)
田辺の右手は衝撃で力が入らなくなっていた。
それでもどうにかこの場を切り抜けるため、まだ動く左手に包丁を持った。
(どうする?どうする?――)
田辺は前も同じような状況だったことを一瞬思い出し、ほくそ笑んだ。
「どうする?どこを狙う?どこならいい?どこなら?考えろ・・考えろ・・」
しかし、ゾンビは待ってくれない。またこちらに向かってくる。衝突を繰り返すほど、奴の動きが速くなっていく。
「クソがあああ!――」
田辺は包丁を左手に持ち、取っ手の先端を右の手のひらで押さえ刃をランナーの頭目掛けて振り下ろした。
――グサッ!
(よしっ!――)
「――うわあああ!」
刃はランナーの頭に突き刺さったが、田辺はそのまま突進され突き飛ばされてしまった。人間に飛ばされるのとはわけが違う。
――ドンッ!
「くっ・・・」
田辺は車のボンネットの上に叩きつけられ、着地の衝撃で頭を打った。
(また・・か・・・)
目の前には横たわるランナー。目の前が少しずつ暗くなっていく。
そして、完全に闇に包まれた。
****************************
田辺が林を見つける数分前――
冬也はここ最近の田辺の言動に辟易(へきえき)していた。しかし、それ以上に不満を感じているのは村田だった。
「田辺くんには助けられた恩がある。だからと言って彼といることでこの先、危険が増すようなら俺は彼をコミュニティーから除外するつもりだ」
「田辺くんはもう私たちの家族でしょ?簡単にそんなこと言わないで!」
結衣を守りたいと思うからこその選択肢だが、結衣は田辺を見捨てようとはしない。もちろん、結衣も兄の心が分からないわけではない。
「結衣、あいつはこのグループの要だ。あいつは強い――ただあいつにできて俺たちにできないはずはないんだ。俺たちは元々3人だった。もしもの時はそういう選択もありえるってことだ」
「冬也まで!・・・田辺くんはただ、良い人だから――ただそれだけだよ」
冬也も田辺を追い出すようなことはしたくないし、言いたくなかった。
「あいつは情の深い奴だ。話してりゃ分かる――でも今はどうだ?結衣?お前は俺ら以上にあいつを見てるだろ?だったら分かるんじゃないか?」
「田辺くんは・・・」
「まるで感情が削(そ)がれていくような・・・そう感じる」
冬也の言葉に結衣は何も言い返せなかった。結衣もまた田辺に違和感をかんじていたからだ。ただ目を背けてきた。田辺は優しい人だからと自分に言い聞かせてきた。
「あいつの言葉には冷たさを感じる。まあ。あれがあいつの本性だったってだけの話だけどな――」
冷たい風が足元を通り抜ける。
「冷えてきたな、あのおっさんの車で待ってようぜ?その方が安全だしよ」
ズボンのポケットに手を入れながら、車へと向かう冬也。その後ろを黙ったままついて行く結衣。しかし、村田は一人何かをぶつぶつと言いながら、立ち止まっている。
「感情?・・・欠落・・いや――そんなはずは・・」
「お兄ちゃん?――」
村田は結衣の声に気づかない。
「村田!何してる?行くぞ――」
「え?――」
村田は冬也の声に驚いた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「ああ、何でもない」
兄の奇妙な様子に心配する結衣に、曖昧な返事をする村田。
――ギギャアアアアア!
その時――村田は突然鳴り響く、不愉快な音で我に返った。
3人は一斉に声のする方へと振り返った。
「――あいつだ!」
冬也の指さす先にそれはいた。
「結衣!車に乗れ!――村田!何してる?!」
「――あ・・ああ!」
3人は急いで車に乗り込んだ。
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