第20話 感染する人格
田辺たちは避難所を離れるため、車のある場所へと向かっていた。
「確かこの辺りに止めたはずなんですが・・・」
田辺たちは門の前に着いた。1週間前ここに着いた時、車はこの門の前に止めたまま、そのあとは見ていない。
そして、いくら探しても見当たらないのだ。
「で、どうする?・・・」
――・・・
冬也は現状にイラつきをみせた。
「なんとなく嫌な予感はしてたんだ。特に何か思い当たることがあったわけじゃねぇがな」
「まぁ・・・仕方ないですよ・・」
あれは大学の入学祝いにと、母さんに買ってもらった車だった。
「仕方ない、別の車を探そう。研究所に行くにしても徒歩では無理だ」
村田は焦っている。
先ほど4人で話し合い、再び研究所に向かうことが決まった。
「そうだな。車なら適当に俺が『直して』やるよ」
冬也は八つ当たりのように、尖った口調で言った。
「ちょっと待て!っ」
村田は小さい声で注意を促した。門の前に人の影を見つけたからだ。
それはゾンビではなく自衛官の姿だった。
目で「大丈夫だろう」という合図を取り合い、4人はその隊員の元へと向かった。
*
吉岡は微かな灯りと、身震いするほどの悲鳴が漏れる避難所をただ見つめていた。
そんな時だ。田辺たちが彼の元へとたどり着いたのは――
「あの・・すいません」
田辺は慎重に声をかけた。
「・・・ああ・・君たちか・・」
それは田辺たちをここに送り届けてくれた自衛官だった。
「君たちはうまく逃げきれたみたいだね?・・まあ当然かぁ、元々君たちは外から来たんだから、少なくとも1週間は化け物が徘徊する外で生活してたわけだしね・・・」
吉岡はただ体育館を見つめたまま、田辺たちと目を合わせるでもなく淡々と話した。
「す・・すいません。ここに止めてあった俺たちの車知りませんか?いくら探しても見当たらないんですが」
村田は彼の様子に少し動揺しながらも尋ねた。
「車?・・ああ、多分もうないんじゃないかなー最近は燃料さえも貴重品だったからね・・・」
「そうですか・・」
その短く心無い返事以上に、気のない様子に返す言葉もなかった。
「行こうぜ――ここはあぶねぇー、ありがとな、おっさん。短い間だったけど世話になったよ」
「君、今なんて言った?――」
冬也の言葉に、吉岡は急に反応した。
「危ない?ここが危ないだって?俺たちがどんな思いで君たちを・・ここを守ってたと思う?仕事でもないんだ、当然だろ?もう自衛隊なんか機能してないんだから、頼まれたわけでもない!それでもこれが自分たちの使命だからって・・あの人が言ったから・・・」
吉岡は言葉を詰まらせた。
突然荒々しく話し始めた彼に、4人は言葉を失った。
「あの・・ここはもう安全じゃありません。他の隊員の方はどうされたんですか?あの時一緒にいた・・」
田辺はそれでもここは安全じゃないということを強調し、返ってくる答えが分かっていながらも質問した。
「ああ――みんな死んだよ」
吉岡は顔を引きつらせながら、そう言った。
すると吉岡の視線はまた避難所の方へと向き、また同じように見つめるのだ。
「そういえば伝えたいことがあったんだ・・」
また吉岡は気のない声でそう切り出した。
「ホントは避難所で待つ仲間に伝えるためにここまで戻ってきたけど。もういないんだろ?――だから君たちに伝えるよ」
4人はただ黙って吉岡の言葉を聞いた。当然だ。まるで死人のような目をした彼に対して慰めとなるような言葉ない。
「ああそうだ俺は吉岡って言うんだ。まだ言ってなかったよね?」
「そうでしたか?あの時はありがとうございました――そんなことより、急いでここから逃げた方がいい。お話はあとで伺いますので。失礼かとは思います。ですがもうここは安全じゃないんです。中にはゾンビの群れがいます。俺たちはどうにか抜け出しました。ですがいつ外に溢れ出てくるか分かりません」
村田はこの状況の悪さがこれで終わりではないことを予期している。それを未然に防ぐには逃げる以外ない。
「知ってるかい?奴らは走るんだ。奴らは走ることを覚えた。ここから状況はさらに悪化していく。それを伝えたかったんだ」
田辺はあのゾンビを思い出した。
「覚える?奴らに学習能力があるみたいな言い方ですね?それは初耳です。ただ走るゾンビなら何度か対峙したことはあります」
「!――・・そうか・・やっぱり外で生活してた人たちは違うな。俺たちもそれなりに頑張ってたんだけどね。まさか一般人に出来て俺たちに出来ないとは、銃に頼り過ぎたのか、油断していたのか、どちらにしろ俺たちは敵わなかった。・・・学習するかどうかは分からない。真相は自分たちで確かめてくれ。俺も直接見たわけじゃないんだ。ただ、伝えるだけさ・・」
吉岡は田辺の話を聞いて後悔した。仲間を失い、精神的に不安定な状態にある吉岡にとってはどんな小さなことも重く感じられた。もし彼と話をしていれば・・・彼らを送り届けた時、外の状況について少しでも話していれば、何かしらの対処法を得られたのではないかと・・
「おい!あの車はどうだ?」
冬也は焦りながら車を指さした。
「その必要はない。俺のを使うといい――燃料はまだ入ってるし、そこそこ走ると思うよ」
吉岡は車を指さしながらそう言った。
「吉岡さんはどうするんですか?逃げないんですか?」
村田は吉岡がどういう行動をとるか分かっていた。それは他の3人もそうだろう。
「いや、俺はまだ生きてる人がいないか避難所の中を探す。君たちとはここでお別れだ」
「中に人はいません。いるのはただのゾンビだけです」
「ゾンビか・・・ふっ!・・君たちはそう呼んでいるんだったな」
村田は目的があった。それはコミュニティーだ。それはここに来たことで一時的に必要なくなったが、村田は常にコミュニティーの拡大を考えていた。彼は自衛官。少なくとも自分たちよりも身体能力はあるはず、これから先のために欲しい人材だと考えていた。
「吉岡さん、俺たちはこれから研究所に向かいます。そこで俺たちはこの災害の正体をつきとめる。それがいつになるかは分かりません。おそらくその間も色々な危険に巻き込まれるでしょう。その時あなたがいてくれたら大きな助けになる。仲間を亡くして辛い状況だということは分かりますが、俺たちと一緒に来てくれませんか?」
吉岡は村田の言葉に顔色一つ変えなかった。
「そうか・・こんな世界でも君たちはまだ前を向けるんだな」
今の彼には何を言っても届かないと村田は思った。
「今はだめだ。他にやることがある。ただそれが片付いた後で、もし気が変わったら君たちの所に行くよ。どうせ行くところもないしね」
「行けたら行く」とはいつの時代も行かないという意味だ。村田は分かっていながらも、吉岡に研究所の場所を教えた。
吉岡の背中を見た時、田辺はそこに死を求めている人の「影」を見た気がした。そして自分も以前はそうだったのか?自分の場合はどうだったろうかと、昔を思い出していた。
田辺は酔いしれていた。吉岡の背中に死の影を見たことに――そして、それが見える自分の感性に。
しかし田辺は気づいていない。自らの異常さと盲目さに。自分だけが見えて他の誰にも見えないのならば、それは存在しないも同然なのだ。
「ちょっと待ってください」
田辺は避難所へと向かう吉岡を引き留めた。
「中へ入るなら、俺も行きます」
田辺の言葉に吉岡は眉一つ動かさず、ただ田辺の目をじっと見た。
当たり前だが、田辺のその言葉に後ろの3人が何も言わないわけはない。
「おい田辺!どうかしてるぞ?さっき言った事忘れたのか?勝手な真似はもうやめろって話しただろ?」
「田辺くん、冬也の言う通りだ。外に出られたのも運が良かっただけだ。あの大群と戦闘になていた可能性だってあったんだ」
結衣は田辺をただ見つめた。言葉ではない何かで伝わると信じているからだ。
「まだ林が中にいるかもしれないんです」
田辺は結衣が何を言いたいのか分かっている。
田辺にとって林は重要な存在ではない。しかし、こうなってしまった今、あの頃の田辺を知るのは林しかいない。結城も探し出せなかった田辺にとって林の存在は何か呪いのような意味があるのかもしれない。
「あいつは俺にとって何でもない。友達でもない。ただ・・見過ごせない。吉岡さんが一緒なら助け出せるかもしれない」
「それは彼女が生きていたらの話だ」
村田は田辺の話に釘を刺した。
「田辺くん。正直、俺は君が何を考えているのか分からない。体育館の外の群れを潜り抜けて、中に入ることすら困難を極める中、彼女が生きていたとして助けるなんて無理に等しい」
村田は田辺が時折見せるお人好しな一面に苛立っていた。
「それに彼女に会えたとして、どうやって外に出るんだ?」
「逃げ場ならいくらでもありますよ」
田辺は強い口調で答えた。
「別に村田さん達に来てほしいとは言ってません。あの時みたいにまた村田さんや冬也さんを助けられるとも限らない」
「あ!?お前、口に気をつけろよ!別に俺たちはお前に助けて欲しいなんて言ってないだろ?!」
田辺は冬也に対して何の反応もみせない。
「村田さんに思いなんてあるんですか?」
田辺のこれまで見なかった態度に3人は少し、言葉が詰まった。
「もうこの世界で知ってる人なんて限られてる。その一人が今、危ないかもしれい。このままほっとけば、林は確実に死にます。でも今行けば助けられるかもしれない」
村田も冬也も田辺の理想論に限界を感じていた。今までにこんなことがあったわけじゃない。ここにきて急にその「片鱗」を見せたのだ。ただ二人はそれが何を意味しているか分かっていない。
そして田辺自身はまったく気づいていない。自らの人格の変化に・・・
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