女神の船と空の鮫(2)
無我夢中で働くアミータ。その姿を肴にフリーダはリグレットと酒杯代わりの言葉を交わす。彼女にはもう酒を飲むことはできない。
『お優しいじゃないか魔女さん』
「思い出すのよ」
フンと鼻息を吹くリグレット。この体には妹王女シケイだけでなく姉王女シランの記憶も残っている。
彼女はシケイと違って臆病で大人しい性格だった。本を読んで知識を蓄えること以外何もできない自分に常に苛立ち、卑屈な心持ちで部屋に篭もるのが日常。
そんなかつての自分とアミータの姿が重なって見えた。だから我慢ができなかったのである。あんな暗い顔で傍にいられちゃ気が滅入る。
「それよりどうなの? 戦えそう?」
『穴だらけで弾も火薬も尽きそうだが、あと一戦くらいならね。大戦の時はもっときついピンチもあっただろ』
「そうね。でも、乗り越えられるかは相手次第でしょ」
『違うね。どんな敵が来ようと結局はアタシら次第さ。こっちが気後れしてたらその時点で負けだよ』
「まあ、そうかも」
だったらとリグレットは一つ提案する。
「何かあったら、私は置いていきなさい」
『おい』
「知ってるでしょ、こっちは死ねない体。だから捕まっても命の心配はいらない。あなたたちはそうもいかないのよ。さっきも何人も死んだ」
『……わかった』
さほど長くは考えずに了承するフリーダ。だが、すぐにその後に言葉を続けた。
『ただし、また迎えに行く。もしもアンタが捕まったら次も必ず助けに行くからね。忘れんじゃないよ』
「忘れるも何も、最初からそんな心配してないわ」
彼女だけは裏切らない。彼女とクレイジー・ミューズ海賊団だけは常に自分の味方だと、本当はずっと思ってきた。
ただ一緒にいるとシケイとして生きていた頃を思い出してしまうので離れていただけ。そう伝えるとフリーダは憤慨した。
『なんだいそりゃ。七年もロクに面を見せなかった理由はそれかい』
「そんなもんよ。人なんて些細なことで選択を誤る」
そして些細なことで成長もする。再び忙しく働くアミータを見つめた彼女は未来を想像した。見かけは同じくらいでも本当の彼女はもっと歳を重ねた大人。
大人なら子供を導くべき。父を反面教師にしてそう学んだ。
「まっすぐな目をしてる。あの子はきっと間違えないわ。私も、見習わなくちゃね」
◇
それからすぐ、メインマストの見張りが警告を発した。
「船長! 後ろから何か追って来やす!」
『報告は正確にしな! 何が来てるってんだい!』
「雲に隠れていてハッキリとは見えやせん! だが光が十五! すげえ速さでこっちに近付いて来まさあ!」
「さっきの飛行帆船?」
『いや、違う』
断言するフリーダ。あの船はクレイジー・ミューズ号と同等の巨体でなおかつ厚い装甲に守られていた。仮に推力がこちらを大幅に上回っていたとしても一旦あれだけ引き離された後で追いついて来られるほどの速度を出せるとは思えない。
『十五……光は三つずつ並んでやしないかい!』
「へい、その通りです! 小さい光、大きい光、小さい光の三つが同じ間隔で並んでいて、そういうのが五ついるように見えます!」
『新型だ! 修理中断、迎撃体制に移れ!』
フリーダがそう指示した途端、船員たちの顔が青くなった。大急ぎでまた戦闘配置に戻る彼ら。
「新型?」
なんだかわかっていないのは自分だけ。そう察してリグレットが問いかけるとフリーダに説明してもらえた。
『教団の錬金術師どもが開発した新しい船だ。つまりこの船と同じ錬金兵器だよ。噂通りなら小型だが、飛行速度はアタシらの三倍以上』
「!」
これまで世界最速と言われていたクレイジー・ミューズ号のその遥か上を行く速度だと聞いて流石のリグレットもたじろぐ。
「逃げ切るのは無理ね」
『だから迎え撃つのさ。捕捉された以上、もうそれしか手は無い』
◇
錬金兵器とは読んで字の如く錬金術によって開発された兵器の総称である。
それ自体の歴史は長く、先の大戦より以前からすでに存在していた。
だが、偶像兵器の登場によってこの錬金兵器の性能も飛躍的な向上を始める。
偶像兵器の多くは機械的な構造をしており、それらを解析することで錬金術にも目覚ましい進歩がもたらされたのだ。
結果、近年では個々で全く性能や用途が異なり創造者以外には使えず、あまつさえ彼らの死に伴って消えてしまう偶像兵器より錬金兵器の量産開発にこそもっと注力すべきという声も多い。
そして当然、教団はこの錬金兵器の開発と管理にも他のどの勢力より力を注いでいる。
今クレイジー・ミューズ号に後方から接近しつつある五隻の飛行艇も教団の錬金術師たちによって生み出された最新鋭錬金兵器だった。
操縦者たちは伝声管を必要としない無線通信装置を使って連絡を取り合う。この装置もまた最先端錬金術の産物である。
『見えたぞ、クレイジー・ミューズ号だ』
すっかり日は昇り切り、敵船は美しい雲海の上を優雅な貴婦人の如く航行中。
もっとも、あのボロボロになった船体からは服を剥がれて必死に暴漢から逃れようとする女を連想してしまうが。哀れなものだ。
『やはりノロマだな』
『飛行帆船なんてあんなものさ。カサートカ級も二隻目は作られないに決まってる』
『いやいや、あいつらは見栄えだけは良い。こっちは地味で、パレードには不向きだろう』
『なるほど、教主様を乗せる神輿としてなら役に立つか』
『ははっ、その仕事は連中に譲ろう』
彼らの言葉通り、新型飛行艇は黒一色の光をほとんど反射しない材質により表面が覆われている。形状も平たく、船の一種とは思えない形で海中を泳ぐエイのような姿。
ただし開発者たちはこの船を獰猛なサメに例えてアクーラと名付けた。
そう、自分たちはサメなのだ。空を高速で泳ぐサメが鈍重なご馳走を追いかけ、柔らかい肉にかぶりつこうとしている。
『そろそろ黙れ』
釘を刺す隊長。いいかげん部下共のつまらん会話に辟易したところである。相手との距離もちょうどいい。
『間も無く敵の攻撃射程圏内だ、散開して仕留めるぞ。いつまでも空の女王を気取っているあの過去の遺物に、新たな空の王者、空に君臨する捕食者は誰かを教えてやれ』
『アクーラ2、了解』
『アクーラ3、いつでもいけます』
『アクーラ4、うずうずしてる』
『アクーラ5も同じく。隊長、ご命令を』
『よし。アクーラ1より各機へ、攻撃開始。連携して仕留めろ!』
直後、五隻の飛行艇は美しく統制の取れた動きで散開し、別方向からクレイジー・ミューズ号に襲いかかった。すでに彼らの存在を察知していた鈍重な女神は大砲を撃って健気にも迎撃を試みる。
無駄だ。気付かれたのではなく気付かせた。見せつけるために。これまで空を支配してきたこの海賊どもに思い知らせてやる。
空はもう、お前たちのものではないと。
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