反撃の光と勇気の一矢(1)
「あ、当たらねえ! 狙いも付けらんねえ!」
「速すぎる!」
歴戦の猛者が揃ったクレイジー・ミューズ号の優秀な砲手たちでさえ瞬く間に弱音を吐いた。敵の新型飛行兵器があまりにも速く自在に空中を飛び回るせいで。
『なんて旋回半径だい!』
スピードだけでなく方向転換時にどれだけ小さな円を描くかも空中戦では重要である。その円の半径が小さければ小さいほど、つまりは迅速に向きを変えることができるからだ。
クレイジー・ミューズ号の旋回半径は速度にもよるがおよそ三十から六十メートル。ところが敵は彼女たちの倍以上の速度で飛んでいるのに半分以下の距離で方向転換する。
いわばクジラに対するイルカ。それほど差があり、どちらの機動力がより優れているかなど比較するまでもなく明らか。
さらに武装も進化している。敵の船首には息つく間も無く小さな弾を飛ばす機関砲が取り付けられている。その弾雨はクレイジー・ミューズ号を守る気流の膜を容易に貫いて着実にダメージを与え続けた。船体が蜂の巣のごとく穴だらけになり大砲も次々に破壊される。
「ぎゃっ!?」
「があああああっ!」
「う、腕が! オレの腕があっ!?」
船体と火砲だけでなく船員たちの被害も深刻。すでに甲板には無数の死体が転がり血臭が充満している状態。あっという間の地獄絵図に耐えきれなくなったアミータが嘔吐した。
「うっ、ううっ……みんな……先輩も……こんな……」
「チクショウ! こんなの無理だお頭!」
「一隻ならともかく、こんな化け物どもが五隻も食いついて来たんじゃどうにもなりませんぜ!」
「降下しましょう! 海か陸での戦いに持ち込んだ方が、まだ勝ち目がありやす!」
『クソッ!』
コマギレの提案に舌打ちするフリーダ。たしかに空中では勝てそうにない。まさかこの自慢の船が空中戦でこうも一方的に蹂躙されてしまうとは。
だが、海や陸に降りるのも危険だ。おそらく頭上から袋叩きにされてしまう。あいつらは五隻同時に仕掛けておいて味方同士でぶつかったりする気配が無い。完璧に連携が取れている。さっきの飛行帆船と違って練度の高い腕利き揃いで、低空飛行でも支障無く攻撃を続行するに違いない。
『ここまで見越しての罠か! 用意周到なこったね!』
フリーダたちは気付いていた。教団がリグレットを捕縛したのは彼女から『金の書』の行方や彼女の偶像の秘密を聞き出すためであると同時に、自分たちを誘い出して撃滅する意図もあったと。
知っていてあえて乗った。リグレットを見捨てるという選択肢はありえなかったし罠を突破する自信もあったから。
でも、まさか教団の新型兵器がここまで圧倒的な飛行能力と攻撃能力を有しているとは。これは流石に計算外。
リグレットを餌に誘い出し、奪還された場合には尾行して拠点の位置を突き止め包囲。向こうも飛行帆船を建造できたからこその作戦。
――いや、霧の海の消失を考えるとアジトの位置は先に知られていたのかもしれない。なんにせよ彼らは船の墓場を包囲し一斉攻撃を仕掛け、それで仕留められなかった場合の保険もかけておいた。虎の子の新兵器を出して確実にトドメを刺す。三段構えの作戦だったわけである。
どうする? どうやって切り抜ける? これほどの窮地はヤマトの王ハザンと戦って以来。人の身を捨て船と一体化したフリーダは錬金術で創り出した人工頭脳をフル回転させ打開策を探る。
実はこの時すでに一つだけ方法が浮かんでいた。しかし彼女の感情がそれを口に出すことを憚らせる。
けれど、その作戦の『鍵』は自ら同じ策を思いついて実行に移そうとしていた。
「一隻ならどうにかできるのね?」
「姫さん!?」
リグレットが船縁に上がっているのを見つけ慌てるコマギレ。彼女の意図を察したヘビィ・スモーカーは対空砲で反撃を続けつつ苦々しい顔で呟く。
「それしかねえか」
「そう、これしかないわ」
リグレットの背に偶像が取り付き鳥の翼を模した。彼女はこの羽で空を飛べる。そして敵にとっては最重要の標的。
そう、自らを囮に注意を引く。可能な限り彼らを引き付け、その間にクレイジー・ミューズ号を逃がす。フリーダたちが生き延びるにはこれ以外無い。
もちろん全ての敵を引き離すことはできないだろう。最低でも一隻はこちらを攻撃し続けるはずだ。クレイジー・ミューズは自力でその敵に対処しなければならない。
だとしてもやはり、他に可能性は無い。
「さっきの約束を守るのよ、フリーダ!」
『!』
一喝するリグレットの中に戦友シケイの面影を見た彼女は苦渋の決断ながらも認めた。
『わかった、やっとくれ!』
「また会いましょう」
それだけ言って躊躇無く空中に身を躍らせるリグレット。すぐには翼を広げず気流の膜の中を流れに身を任せながら通過し、船尾の方で外へ出るとすかさず翼を広げた。
この状態での飛行速度は普通の鳥とさして変わらない。しかも大きな翼は実によく目立つ。
当然、敵はすぐにその姿を見つけた。
『王女だ! 鏡の魔女が離脱したぞ!』
『逃げるつもりだな!』
『させるか。アクーラ4、5、追跡しろ。我々は海賊船への攻撃を続行する』
『了解!』
『どこへ行く気だお嬢さん。お前の行き先は研究所の檻の中だろ!』
二隻が狙いを変えてクレイジー・ミューズから離れリグレットの追跡を始める。その姿を確認した彼女は軽くため息をついた。
まあ、それはそうだろう。偶像使いとはいえ生身の人間と飛行帆船のどちらにより多く戦力を割くかと言えば当然こうなる。むしろ二隻引き付けられただけで十分高い評価だ。
しかし三隻が相手ではフリーダたちに勝ち目は無い。最低でもさらに一隻、こちらに引きつける必要がある。
いや、むしろ――
「落とせるなら落としてしまってもいいわね。教団の新兵器、その性能を計るにもちょうどいいわ」
◇
「鏡!」
リグレットが命じると、背中の翼が再び彼女と同じ姿になった。両者は手を繋いだまま落下を始め、そしてその勢いを利用し片方だけを上に放り上げる。
無論、自由落下中なのでどちらも上昇はしていない。でも互いの距離は離れた。その間に割り込む位置へ敵機の片方が滑り込んで来る。
『死なないんだって? じゃあ蜂の巣にしても構わねえだろ!』
まず下にいる方に向けて機関砲を発射する敵機。ところがその瞬間に彼女、リグレットの姿が消えた。
『なっ!?』
「――私はね、鏡から鏡へ転移できるの」
そして彼女と偶像は互いを映す鏡。つまりお互いを転移によって引き寄せ合うことも可能。
『まずい!』
もう一機が背後を取られた味方のために機関砲を撃つ。けれど小さなリグレットたちになかなか当てられない。
関係が逆転していた。彼らは巨大なクレイジー・ミューズ号の攻撃を機体の小ささと圧倒的な速度を活かして避けていたが、今度はこちらの方が遥かに小さい。だから機関砲の狙いを付けるにはまっすぐに飛んで来るしかなかった。
そこに勝機を見出す。一瞬で敵の背後に回り込み偶像と合流した彼女は即座に反撃を放った。偶像が巨大なレンズとなり太陽の光を集める。
「集光鏡!」
威力がありすぎて味方が近くにいる状況では使いにくい技。レンズによって集められた光は強力な光線と化し眼下の敵を貫く。
操縦席には直撃しなかった。だが翼を片方消し飛ばす。
『なっ!? う、ああああああああああああああああああああっ!』
きりもみしながら墜落する敵機。同胞の末路を見たもう一機の操縦士は慌てて隊長に報告する。
『あ、アクーラ4墜落! アクーラ4がやられました! なんてこった、この女――空中戦にも強い!』
「お前も落ちろ!」
再び光線を放つリグレット。しかし警戒していた敵は今度はその攻撃を避ける。やはり一筋縄ではいかない。
彼女は再び偶像を翼に変え、急降下を仕掛けた。
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