女神の船と空の鮫(1)
「も、申し訳ございません。完全に包囲しておきながら、みすみす逃げられました……」
教団側の飛行帆船――その甲板で少年に頭を下げたのはこの船の船長を務める老兵だった。いや、正確にはこの船は飛行戦艦と呼ばれているので艦長と呼ぶべきだろう。
艦名はピエールヴィ・カサートカ。クレイジー・ミューズ号を参考に設計され装甲の増加や火砲の最新鋭化が行われた強力な艦である。性能だけなら間違いなく飛行帆船の祖たるあの船より上。
しかし練度は比べるべくもないほど低い。当然だ、今まで飛行帆船はあの船一隻だけだったのだから。こちら側の乗員はまだまだ空での戦いに慣れていない。
だから、こうなることは十分に予想していた。そもそも慣熟航行すら済んでいないのに強引に作戦に駆り出したのはこちらである。それらの事情を踏まえて少年は寛大な態度で応じる。
「反省はすべきだけど、罰するつもりは無いから安心していい。初陣にしては良くやってくれたと思っている」
「あ、ありがとうございます」
「それに本命は『彼ら』だ。この船も潜水艦隊も獲物を巣から追い出す役割は果たしてくれたよ」
「はっ……」
艦長の表情が少しばかり不服そうに見えるのは、彼がこのカサートカ級の最初で最後の艦長になるかもしれないからだろう。
七年かけてようやく模倣に成功したこの船は、ところがすでに無用の長物となりかけている。新進気鋭の若き錬金術師たちがより新しい発想の兵器を造り出したことで。
「後は彼らに任せて、僕たちはゆっくり追いかけながら朗報を待とうよ。母も無理はさせたくないはずだ」
「わかりました。では、そのように。ところで、本当にお怪我はされていないのですか?」
「心配性だな、平気だよ」
まあ心配されるのもわかる。なにせ自分はかつてのあのリグレットと同じ立場なのだからと、自らの境遇を嘆く少年。
彼の名はルカ・スミルノフ。教団に仕える偶像使い集団『聖戦士』の第七位実力者。世界に十三人しかいない白銀の記章を与えられた最高位聖戦士。
同時に、教団を統べる教主タチアナ・スミルノフの息子。
つまり、いずれこの大陸を受け継ぐ者なのである。
◇
――安全圏まで逃げ切ったクレイジー・ミューズ号は航行速度を少し落として空中で緊急補修を始めた。敵の砲撃で受けたダメージはかなり深刻で、このままでは破片を撒き散らし逃げた方向を敵に報せてしまうことになる。だからとりあえずの応急処置だけを急いで施している。
なのに、そんな忙しい中にあってアミータはぼんやり佇んでいた。
「……」
その姿に気付いた先輩船員が怒鳴りつける。
「アミータ、何してやがる! さっさとその板を運べ! 何べん言やあわかりやがる!?」
「あっ!? す、すんません!」
慌てて修理用の木材を持ち上げ走り出そうとする彼女。ところが足下を見ていなかったせいでロープに躓きすっ転んだ。
「ぶべっ!?」
「何やってやがる! もういい! お前は姫さんの世話係に専念しとけアホンダラ!」
「すんません……」
いつもこうだ。祖父がかつてこの船の船員だったからお情けで乗せてもらえたが、鈍臭くてドジで叱られてばかり。しかも自分より後で加入した者がいないためいつまで経っても最底辺の下っ端扱い。実際ロクに役に立ててないのだし仕方ない話である。
でも、だからこそあの一言が気になってしまうのだろう。まさか敵にあんなことを言われるなんて。
ごめんね――あの聖戦士の少年は、自分を突き飛ばす時にそう言った。人質に取って申し訳なかったと、わざわざ敵に向かって。
そのせいか、なんだか悪い子には思えない。いや、教団は悪い奴らでその一員の彼も敵なのだけれど、なんというか……。
「う、うう」
胸が高鳴る。あの少年の顔を思い浮かべると顔が熱い。こんなの絶対に仲間たちには気付かれないようにしないと。敵に好意を抱いたなんて知られたら絶対に今までで一番怒られるはずだ。憧れの船長にも愛想を尽かされてしまう。
「どうしたの?」
「わひゃっ!?」
またしても皆が忙しく働く甲板でぼけっと考え込んでいた彼女へ王女さまが声をかけてきた。様子を訝しく思ったらしい。
「すすすすすすんません!」
「いや、私に謝られても……なんに謝ってるのかもよくわからないし」
「そ、そうですよね! すんません!」
「だからわからないって。ひょっとして怪我でもしたの? 隠してるんじゃないでしょうね?」
「い、いえいえ! おかげでケガ一つしませんでした!」
本当に感謝してもし足りない。少年の手から解放されたあの時、リグレットの偶像に守られなければ確実に砲撃を受けて死んでいた。
「あっ、そ、そういえば姫様のあの、偶像? さんは大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、あれも私もほとんど不死身だから」
「へっ?」
「そういう能力なの」
「そ、それは……もんのすごいですね」
「まあね」
それだけ言うとリグレットは鬱陶しそうに顔を背けてしまった。自分の力について話すのは嫌なのかもしれない。
「す、すんません。またあたし、不躾なことを……」
「だからいちいち謝らないで。面倒な子ね」
「すんません……あっ」
「ふう」
嘆息した彼女はアミータから離れて船首に向かっていく。多分船長と話すのだろう。先の大戦からの仲間だけあって船長や古株の船員たちはリグレットとも気安く話せる。
(あたしは駄目だなあ……)
世話係すらマトモにこなせていない。最初こそ割といい感じに話せていたものの、あの戦いぶりを見て緊張するようになってしまった。
強いしかっこいい。自分なんかとは格が違う。やっぱりあの人は一国の王女で大英雄なのだと思い知らされた。
縮こまるアミータ。自分よりちっぽけな存在はこの船には誰もいない。だから分相応に小さくなりたい。
(父ちゃんの言うとおり、あたしなんか邪魔になるだけだし降りた方がいいんかなあ……)
父にはクレイジー・ミューズ号に乗ることを猛烈に反対された。お前なぞ何の役にも立たんと言われて。
母が密かに送り出してくれたおかげでどうにか乗れたが、最近は父の言い分が正しかったかもと思い始めている。
――ところが、そんな彼女の前にリグレットが戻ってきて赤い果実を差し出した。どこからか調達したリンゴを。
「食べなさい」
「へ?」
「まだ終わってない。敵は多分次の手を打ってくる。だから今のうちに腹ごしらえをしておくのよ」
そう言って率先してリンゴに齧りつく彼女。皮すら剥かずに咀嚼する姿を見てアミータは少しばかり親近感を抱く。
「姫様も……お腹空くんですね」
「当たり前でしょ、人を化け物とでも思ってるの?」
それはそうだ。偶像のせいで不死身になっているとしても、それでもやっぱりこの人は同じ人間。
仲間たちも同じ。生き延びるために必死に頑張っている最中。
なのにいつまでも落ち込んでいては本当にただの役立たずだ。少女はリンゴを一口かじって飲み込んでから、ようやく笑みを取り戻す。
「すんません。あんまりお綺麗なもんで、てっきり神様かなんかかもと思ってました……」
「馬鹿言ってないで働きなさい。それ食べてからね」
そう言うと、また離れて行くリグレット。わざわざ励ますため戻って来てくれたのだと察してアミータは少しだけ嬉しくなる。
こんな自分にも優しくしてくれる人はいるのだ。なら、やっぱりもう少し踏ん張ってみよう。
脳裏にあの少年の顔がまた浮かんできた。頭を振って振り払った彼女はリンゴを急いで平らげ、さっき叱られた先輩のところへ自分から駆け寄って行く。
「すんませんっ! 姫様にも働けって言われたし、やっぱりあたしにも手伝わせてください!」
「だったら今度はドジんなよ! ちゃんと目の前の仕事に集中して手と足を動かせ! 船乗りはちょっとのミスが命取りになるんだ!」
「はいっ!」
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