包囲網と魔女の能力(3)
「……まさか、貴女も高速移動を使えるとは」
「……チッ」
仕留め損ない舌打ちするリグレット。少年の剣の切っ先は彼女の肩に浅く刺さり、彼女の短剣も半端な位置で止まっている。両者に挟まれたアミータはガチガチ歯を鳴らした。
この状態から仕掛ければ少年はおそらくリグレットを斬った後また別の場所へ移動してしまう。その際にアミータを殺すかもしれないし別の人質を取るかもしれない。フリーダを狙う可能性もある。彼にはいくらでも選択肢があると彼女は見抜いた。
「高速移動……つまり、その剣の切っ先を向けた方向へ他者からは認識できない速度で移動する。それがあなたの力ね」
「ええ、その通り」
「方向を指定する以上、おそらくそちらにしか移動できないという制限がある。引き返すことはできない。でも指定方向への移動中なら自由に行動可能で、時間が止まったような世界の中であなただけは普段通りに思考できる。もちろん制限時間付き。タイムリミット無しならあなたはとっくに私たちを全滅させてる」
「……」
口を噤む少年。まさかこれっぽっちの攻防でそこまで見抜かれるとは思わなかった。全部当たっている。流石は先の大戦を終わらせた英雄。
でも、だからこそわかっているはずだ。お互い詰みの状況だと。
「貴女のは正確には『転移』だね。おそらくは鏡から鏡への」
「……」
今度はリグレットが押し黙る番。
「移動先に鏡面が無ければ使用できない。そちらの二人が仕掛けてきたのは貴女の奇襲を助けるためのお膳立てだった。見事な連携だけど種が割れたら対処は難しくない。僕の高速移動と違って移動中の攻撃も不可のようだし」
「そうね」
そう、リグレットもわかっている。先の二人と違ってこの少年を倒すことは難しいだろうと。
少年もまた理解した。彼女を殺すことは不可能に近い。
彼女は殺せない。誰にも殺すことができない。彼女を死に到らしめる方法など彼女自身にすらわからない。
さっき少年に斬られた首の傷はすでに塞がっている。すでに傷跡一つ無し。
どころか、斬られた際に一緒に断たれた襟の一部まで元通り。そんなリグレットの背後にはいつものように彼女の姿を模した『鏡』の少女が背中合わせで立っている。
この人形はリグレットの状態を写し取って同じ姿を取る。だが本体になんらかのダメージを受けると、途端にその関係を逆転させてしまう。
つまり無傷の自分の状態を本体のリグレットにフィードバックさせるのだ。それによって傷も衣服の損傷も瞬く間に修復されてしまう。
七年経ってなお十七歳の時の姿なのも同じ理由。この人形は十七歳の彼女の姿にしかならない。そして成長や老化までも肉体へのダメージとみなし無効化してしまう。
「不死……不老……模倣に物質の巨大化、幻覚、転移……一人でいくつ能力を有しているのかな?」
「さあね」
とぼけたわけでなく、本当にわからない。
おそらく自分たちは『合わせ鏡』なのだろう。偶像だけでなく本体も鏡なのだ。だから両者が揃っている限りそこに果ては無く無限の可能性を引き出せてしまう。彼女自身はそう解釈している。
「困ったな。僕一人では殺せそうにない」
「そもそも生け捕りを命じられてるんじゃない? 前の八人は私を殺さなかったわ。殺せないけど」
「機密だよ、教えられない」
「そう」
「でも、僕の個人的な感情なら教えよう。僕は貴女を殺したい」
「なら、続ける?」
「……いや」
少年はリグレットの肩を切り裂き、剣の切っ先を逸らした。その方向へ振り向いた彼女たちの視線の先、三十メートル向こうへアミータと共に出現する。何も無い開けた場所で転移先として指定できる鏡面も存在しない。しっかり対策を講じてきた。
「殺したいのは山々だけど、リスクが高すぎる。こちらも相応の戦力を用意して万全の態勢で挑みたい。それに邪魔な彼ら、海賊たちは僕が手を下さずともここで潰えるはずだ。そちらの作戦と同じだよ、こっちも少しずつ貴女の味方を削ぎ落としていく」
島を包囲した潜水艦隊は砲撃を継続中。上空の飛行帆船も彼が島から撤退したら即座に攻撃を開始する手筈。
仮にこの島から逃げ出せたとしても、その時は――
「いずれにせよ、貴女だけは必ず生き延びる。だから誓うよ、次は絶対に殺すと」
「そう、それは楽しみね」
嫌味の無い表情で笑いかけるリグレット。少年は眉根を寄せて人質のアミータを突き飛ばすと剣先を頭上へ向けた。そして次の瞬間にはまた姿を消す。撤退したらしい。
直後、戸惑った様子で振り返るアミータ。
「えっ?」
タイミングの悪いことにそんな彼女めがけて敵艦の放った砲弾が飛来した。大声で呼びかけるフリーダ。
『馬鹿! 逃げろ!』
次の瞬間、爆発が起こって巻き込まれる少女。
けれど竦み上がった彼女の前にはいつの間にか割り込んできた少女の姿があった。
「ひ、姫さま!?」
――違う。正確にはそれは常人の数倍の脚力で駆け寄った『鏡』の方。リグレットの指示で盾となりアミータを守ったそいつは頭が半分砕けて手足も一本ずつもげるほどの大ダメージを負いながらすぐに本体の状態を反映して元の姿に戻り、アミータを抱き上げて走り出した。
「ひゃあっ!?」
「急いで! もうここは保たない!」
島全体が揺れ、元々ボロボロだった難破船も次々に崩れ落ち、必死に防戦していた船員たちが慌てて駆け出してくる。
「無理無理無理!」
「さすがにこりゃ多勢に無勢ッス! お頭ァ!」
『わかってるよ、早く乗りな!』
船主の女神像に手招きされ大急ぎでクレイジー・ミューズ号へと乗り込む彼ら。その間に上空の飛行帆船も攻撃を始め、無数の砲弾が上から叩き込まれる。
気流の膜である程度は逸らせた。しかし当然無傷とはいかない。屈辱に耐えつつゆっくり浮上を始めるクレイジー・ミューズ号。舞い上がる砂塵を突っ切り走ってきた『鏡』が最後に乗船すべくアミータを抱えたまま跳躍する。
しかし、わずかに距離が足りない。敵の砲撃で船体が横に流された。
「掴め!」
船縁から身を乗り出し目一杯腕を伸ばすリグレット。その手を空中で掴む鏡人形。
ただしリグレット自身の腕力は並。二人分の体重に引っ張られ諸共に落ちてしまいそうになった彼女の細い腰を咄嗟にヘビィ・スモーカーの逞しい両腕が捕まえる。
「ふぐっ⁉」
「ぬううううんっ!」
渾身の力で三人まとめて引っ張り上げた彼は勢い余ってそのまま放り投げてしまった。よく磨かれた甲板をバウンドしながら転がっていった少女たちは反対側の船縁に当たってようやく止まる。
「ぎゃあっ!?」
『無事かい!?』
「ぶ、無事に見える……?」
目を回しながら答えるリグレット。ヘビィ・スモーカーはバツの悪い表情で頬を掻く。
「すまん」
それでもなんとか生き残り全員が乗船を果たした。しっかり確認していたコマギレが叫ぶ。
「お頭、行けやす!」
『よし、掴まってな! ちょっと無茶するよ!』
砲撃を受けて船体を砕かれ無数の破片を飛散させながら強引に上昇をかけるクレイジー・ミューズ号。船員たちは甲板の対空砲を発射し反撃を試みる。
「どけどけどけ!」
「邪魔すんじゃねえパチモンが!」
次々に火を吹く砲門。その攻撃でわずかながら敵が怯んだ。見逃さず弾幕にできた間隙へ巧みに船体を滑り込ませるフリーダ。続けざまコマギレが『触るな』と書かれたレバーを引く。
「緊急上昇装置作動!」
バンっと音を立てて船体各所からパンパンに膨らんだバルーンが飛び出す。その浮力にも牽引され通常の倍近い速度で急上昇。下の潜水艦隊からも砲撃を受けていたがすぐに射程外まで逃れた。敵飛行帆船も追いつこうと頑張って上がって来ているものの、あの状況から上を取られるとは思っていなかったらしく対空攻撃の準備を済ませていない。
『ハッ! ひよっこが!』
所詮は後追い、空中戦の経験が足りない。勝利を確信したフリーダは下方に複数の玉を投下する。導火線には着火済み。
「ば、爆弾だ⁉」
「防御態勢!」
慌てて守りを固める敵船。でもそれは爆弾でなく煙玉だった。大量の煙が発生して彼らの船を守る気流の膜と一体化し完全に視界を塞ぐ。
「まずい、何も見えない!」
「撃たれ放題だぞ!」
大混乱。どこから来るかわからないクレイジー・ミューズ号の攻撃に怯えて闇雲に大砲を打ち始める敵船。
ところがそのクレイジー・ミューズ号は全速力で逃げていた。見る間に距離を離して行く。
『三十六計逃げるが勝ちさ!』
かくしてフリーダたちは、まんまと逃げおおせたのである。
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