第4話 悪役令嬢は、先に声を上げてしまう
変化は、小さなところから始まる。
「……ねえ、聞いた?」
昼休みの食堂。
背後の席から、ひそひそとした声が聞こえた。
「またあの平民、セラフィーナ様に目をつけられてるらしいわよ」
「貴族の味方しかしない冷酷令嬢、って噂」
(ほう)
私は、スープを一口飲みながら、何も言わなかった。
噂は風邪のようなものだ。過剰に反応すれば広がる。
――ただ。
「……それ、訂正してもらえるかしら」
先に反応したのは、クラリッサだった。
椅子が引かれる音。
彼女は立ち上がり、噂話をしていた生徒たちを真正面から見据える。
「セラフィーナ様は、貴族だから平民を責めたのではない」
声は低く、しかしはっきりしていた。
「事実を確認しただけよ。
それを“冷酷”と呼ぶなら、あなたたちの正義はずいぶん安っぽいわね」
食堂が、しんと静まり返る。
「ク、クラリッサ様……?」
「誤解なら、今ここで解いておきなさい」
逃げ場を与えない態度。
――ああ、これ。完全に私のやり方がうつっている。
(まだ自覚はないでしょうけど)
噂話をしていた生徒たちは、顔を赤くして席を立った。
クラリッサは、私の方を一度だけ見た。
そして、何事もなかったかのように座る。
「……今のは、別にあなたを庇ったわけじゃないから」
「ええ」
私は頷く。
「事実を訂正しただけですものね」
「そうよ」
彼女は少しだけ、胸を張った。
その日の午後、実技演習でのことだった。
魔法制御の授業。
ペアを組んで、魔力を安定させる課題だ。
「……相手、誰にする?」
クラリッサが、珍しく小さな声で聞いてきた。
「ご自由に」
「……じゃあ、あなた」
即答だった。
(はい、距離一歩縮まりました)
演習は問題なく終わった。
問題が起きたのは、その直後だ。
「――ちょっといい?」
あの平民の少女が、私たちの前に立った。
「最近、クラリッサ様と仲がいいみたいですけど……」
視線は私ではなく、クラリッサに向いている。
「貴族同士で固まって、私たちを排除するのはどうかと思うんです」
空気が、ぴり、と張りつめる。
(来た)
私が口を開こうとした、その前に。
「……それ、あなたの想像よね?」
クラリッサが、先に言った。
驚いたのは、平民の少女だけじゃない。
私も、少しだけ目を見開いた。
「私たちは誰も排除していない」
「あなたがそう感じたとしても、それを事実みたいに言うのは違うわ」
「それとも――」
一歩、踏み出す。
「また泣けば、誰かが味方してくれると思った?」
少女の顔が、強張った。
「ク、クラリッサ様……!」
「やめなさい」
私は、静かに制止した。
クラリッサが、はっと我に返る。
「……っ」
一瞬、気まずそうに視線を逸らす。
「今のは、言い過ぎましたわ」
私がそう言うと、クラリッサは小さく頷いた。
「……分かってる」
少女は何も言わず、立ち去った。
その後、廊下を歩きながら。
「……さっきのこと」
クラリッサが、ぽつりと言う。
「あなたが止めなかったら、私……」
「大丈夫です」
私は、彼女の歩幅に合わせる。
「自覚して止まれたなら、それで十分」
「……あなた、本当に嫌な人ね」
「光栄です」
少しだけ、空気が和らぐ。
クラリッサは、しばらく黙った後、ぼそっと言った。
「……次からは」
間。
「先にあなたを呼ぶ」
それは、命令でも依存でもない。
信頼の更新だった。
私は、静かに頷く。
「ええ。
その方が、面倒が少ないですから」
クラリッサは、小さく笑った。
ほんの一瞬。
それでも、確かに。
悪役令嬢は、もう一人で戦っていなかった。
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