第5話 正義役令嬢は、徒党を組んだ覚えがない

 噂というものは、止めようとすると増える。

 無視すると、形を変えて残る。


 ――だから私は、この違和感にも、最初は気づかないふりをしていた。


「セラフィーナ様、こちらの席、空いています」


 昼休み。

 いつものように窓際の席へ向かうと、先に座っていた女生徒が、そう言って立ち上がった。


「……ありがとうございます?」


 礼を言いながら腰を下ろすと、向かいにも、横にも、知った顔が集まり始める。


 どれも共通点があった。

 ・成績は悪くない

 ・だが、派手でも目立つタイプでもない

 ・そして――以前、学園内の揉め事で理不尽な扱いを受けたことがある


(偶然、ではないわね)


 クラリッサが、遅れてやってきた。


「……何、この配置」


 小声で言いながら、私の隣に座る。


「さあ?」


 私はスープを口に運ぶ。


「今日は人気席だったみたいです」


「あなたね……」


 その時。


「セラフィーナ様」


 眼鏡をかけた女生徒が、緊張した面持ちで話しかけてきた。


「先日の魔法制御演習で、助言をいただいた件……

 あれ以来、失敗しなくなりました」


「それは良かったです」


 私は素直に頷く。


「理論通りにやれば、安定しますから」


「……もし、よろしければ」


 彼女は一瞬だけ、クラリッサを気にした。


「また、相談させていただいても?」


「構いませんわ」


 そう答えた瞬間、空気が変わった。


「私も」「実は私も」

 控えめな声が、次々に重なる。


 クラリッサが、呆然と私を見る。


「……あなた、何か始めた?」


「いいえ」


「本当に?」


「心当たりはありません」


 ――本当だ。

 私は誰も勧誘していないし、味方を作ろうともしていない。


 ただ。


(正しく対応しただけ)


 それが、学園では珍しかったらしい。


 午後の講義後。

 廊下を歩いていると、別の生徒に呼び止められる。


「セラフィーナ様、少しお時間を……」


 内容は、些細なものばかりだ。

 成績評価の不公平、寮の部屋割り、教師の偏った指導。


 私は一つひとつ、感情を交えず、制度と規則で整理していく。


「それは規約第七条の管轄ですわ」


「証拠は、ここを押さえてください」


「感情論では通りませんが、手順を踏めば是正できます」


 それを聞いた生徒たちは、目を丸くする。


 ――そういうやり方が、あるのだと初めて知った顔。


 その日の放課後。


「……これは」


 クラリッサが、腕を組んで言った。


「完全に“派閥”よね」


「否定しません」


 私は資料を閉じる。


「ただし、上下関係も忠誠もありません」


「それ、余計に厄介なやつじゃない?」


「ええ」


 だからこそ、強い。


 翌日には、名前までついていた。


 ――正義役令嬢派。


(ネーミングセンスは要改善)


 王子派でもなく、ヒロイン派でもない。

 誰かに媚びず、声の大きさで決めず、

 「正しい手続きを踏む側」に集まった人間たち。


「……気に入らないでしょうね」


 クラリッサが、ぽつりと言う。


「ええ」


 私は頷いた。


「特に、“正義の顔で感情を振りかざす人たち”には」


 遠くで、こちらを見ている視線を感じる。

 平民の少女――ヒロイン役。


 その瞳には、戸惑いと、焦りが混じっていた。


(当然です)


 正義は、独占できなくなった。


 私は歩き出す。


 この派閥を、拡大するつもりはない。

 守るつもりもない。


 ただ、壊されないように――

 正しく、運用するだけだ。


 それが、この学園にとって必要だと、もう分かっているから。

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