第5話 もう一つの顔②

「水姫、今の丸眼鏡さんが、もしかして友人さん?」


私はメニュー表を顔から下げ、厚美へ視線を向ける。


「え?」

「だって、急にメニューで顔を隠したり、気まずそうにしてたから。そうかなって」

「……さすが鋭いね。うん。最近仲良くなった人で、東地さんっていうんだ」


苦笑まじりに答えると、厚美はずいっと身を寄せて、片眉をきゅっと上げた。


「水姫を傷つけるようなことがあったら、すぐ言いなよ。

私がボコボコにしてやるから」


握り拳を作って凄む親友は、相変わらずワイルドだ。

ちょうど料理を運んできた点野さんが、肩を震わせて笑いを堪えているのは

――見なかったことにしよう。


「気になる?」


料理を置きながら、点野さんが興味深そうに尋ねてくる。

……中々に意地悪だ。


私は真正面から見返して、きっぱり答えた。


「気になるかと言われれば、はい。今後の対応にも関わりますから」


「今後の対応?」


「彼女さんがいるなら、人の彼氏さんとの距離感って大事です。

うっかり修羅場なんて御免ですし。

東地先生の発言に対しても、今までのイエローカードじゃなくてレッドカードで“教育的指導”に変わります。何より、彼女さんが可哀想です」


一気に吐き出した私の言葉に、点野さんは一瞬だけ無言になり

――次の瞬間、ふっと吹き出した。


「ふふ。なるほどね。……うん、合格」


「え? 合格って何ですか?」


解せず問い返す私に、点野さんは微笑みを崩さないまま、さらりと言う。


「東地と一緒に来た人は、彼女じゃないよ。クライアント――お客様だ」


「クライアント……?」


クリニックの患者さん、ってこと?

患者さんと食事をしながら相談……

先生流に言えば、それも「デート」になりそうだけど。


私は努めて平然を装って頷いた。


「なるほど。デートですね。了解しました」


点野さんは「んー……」と短く唸ってから、深くため息をついた。


「古川さんの脳内で出した答えだと、東地が不利になると思う。

だから、もう少し分かりやすく言うね」


背筋が、すっと伸びる。


「――東地には、医者とは別の顔がある」


「別の顔……?」


「お祓い屋。その言葉を聞いて、ピンとくる?」


「……お祓い屋? えっ、先生が?」


思わず声が大きくなって、私は慌てて口元を押さえた。

点野さんは笑みを浮かべたまま、目だけを真剣にして続ける。


「さすがにクリニックではできないからね。

僕の店を使って、クライアントと打ち合わせしてる。

個人情報もあるから、必ず個室で」


――嘘を言っている目ではない。

でも、東地先生がお祓い屋? 全然、現実感が追いつかない。


厚美が、私の手元に視線を落としながら静かに言った。


「水姫。店長さんの話、本当だと思うよ。

誤解させたままにしたくなくて、本当は隠したいことを打ち明けてくれたんじゃない?」


点野さんが、ほんの少しだけ表情を柔らげて微笑む。


そういえば羽生さんも言っていた。

先生が話す気になれば、アイツの口から聞けるだろう――って。


……もしかしたら、いつか私にも話してくれるのかもしれない。


でも。

先生の知らないところで秘密を知ってしまったのは、なんだか後ろめたい。

私は小さく息を吸って、点野さんへ頭を下げた。


「点野さん、ありがとうございました。

……でも、聞かなかったことにしますね」


点野さんの目が細くなる。


「……君は優しい子だね」


その穏やかな眼差しに、頬が熱くなるのが分かった。


「気付いてないふりで、美味しくご飯食べますから。

さぁ、店長。お腹ペコペコです」


「はい、承りました」


点野さんは笑って厨房へ戻っていった。


その後は肩の力も抜けて、厚美と近況を語り合いながらゆっくり食事を楽しんだ。心もお腹も満たされ、気づけばもう遅い時間。


会計を済ませて店を出る。


――まだ、東地先生は部屋から出てきていない。

打ち合わせの途中なんだろう。


いつか先生が、自分の言葉でこの秘密を話してくれる日が来るのかな。

そんなことを考えながら、私は点野さんに挨拶をして、厚美と夜景の下を歩き出した。


「古川さん!」


不意に名前を呼ばれて、思わず振り返る。

店の入り口に――東地先生が立っていた。


「こ……こんばんは先生。じゃ、また!」


気まずさに逃げるように助手席へ乗り込もうとした、その瞬間。

腕を掴まれて、動きが止まる。


「え……先生?」


先生は私ではなく、厚美に向き直って丁寧に頭を下げた。


「古川さんのご友人、初めまして。東地と申します。

古川さんは僕が送りますので、このまま彼女をお借りしてもよろしいですか?」


――え? どうした先生。

ていうか、クライアントさんは!? 

と混乱している間に、厚美が小さくため息をつく。


「はーっ……了解。私は水姫の親友、博多厚美。

水姫を大事にしない奴は、ぶっ飛ばすから」


「はい。必ず大事にします」


まるで嫁入り前の挨拶みたいなやり取りに、私は口をぱくぱくさせるしかない。

厚美は私へ視線を戻し、「ということだから、ゆっくり話しておいで」とにっこり笑うと、手を振って車を発進させた。


置いてけぼりを食らった私は、力なく手を振り返す。


「すみません。わがままを言いまして」


隣で小さく呟く先生の横顔は、どこか“全部分かっている”みたいに真顔だった。


――えぇぇ……せっかく気付かないふりをするって決めたのに。


「では、送ります。乗ってください」

「……はい」


先生に導かれるまま助手席へ。

最後に振り返ると、店の入り口で点野さんが優しく微笑んでいた。


――図ったな。


そう心の中で恨めしく呟きながら、車は静かに走り出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る