第5話 もう一つの顔①
今日は、お得意先の神社へ納品する日だった。
近場の神社にはいつも社長が車で配達しているのだけれど、
その日は気が向いたのか、「一緒に行くか」と声をかけてくれた。
こうして私は、ワゴン車でいくつかの神社を回ることになった。
神社好きの私からすれば、この仕事はご褒美でしかない。
改めて、こうしたご縁に心から感謝した。
「社長、これで最後の段ボールですか?」
「ああ、すまない、頼んだ」
社長は大きな箱を軽々と抱えて社務所へ入っていく。
私は任された軽めの箱を運び込み、入口で会釈をした。
「お疲れさま。ありがとうねぇ。お茶でも飲んでいく?」
顔なじみの事務員さんが笑いかけてくれる。
「いいんですか? ありがとうございます」と返して、
温かいお茶をいただいた。
ふと、隅に置かれた箱が目に留まる。
蓋が半開きで、中から藁の色が覗いていた。
「ああ……気になる? 最近、増えてるのよねぇ」
事務員さんが困ったように眉を下げる。
「これ……なんですか?」
恐る恐る箱の中を覗き込んだ瞬間、息が止まった。
そこにあったのは――藁で編まれた人形。
縄で括られ、頭には長い黒髪の束が刺し込まれている。
生々しさが、皮膚を逆撫でする。背筋が粟立った。
社長が心底うんざりした声で言う。
「最近、多いみたいだな。下手に触ると呪い返しを食らうし、
ご神木も傷つく。宮司が嘆いてたぞ」
「……そうなんですね」
丑の刻参り。
真夜中、誰にも見つからないように藁人形を打ち付ける
――噂程度の知識しかない私でも、その言葉だけで胃が冷たくなる。
そこまでしてでも憎い相手がいる、ということだ。
わざわざ暗闇に身を置き、一心に誰かを呪う。
令和になっても廃れないその風習に、ぞっとした。
「神社で見つけたものはね、お焚き上げしてるんだけど」
事務員さんが小さくため息をつく。
「お焚き上げすれば、呪いは消えるんですか?」
「ええ、消えるけど……呪った本人に返ると思うとね、気が重いわ」
呪い返し。
戻ってくるときは、数倍重くのしかかる――そんな話も聞いたことがある。
人を呪わば穴二つ。
昔から言われている通りだ。
それでも誰かを呪うほど、心が追い詰められているのか。
胸の奥がひやりと冷えて、私はお茶でその感覚を飲み下した。
◆
仕事を終えて会社を出ると、私は急いで駅へ向かった。
今日は高校時代の友人と食事の約束がある。
待ち合わせの五分前に駅へ着き、LINEを打とうと携帯を取り出した
――そのとき、軽やかなクラクションが響いた。
「水姫ー! お待たせー!」
黄色の軽自動車の窓から顔を出したのは、親友の厚美だった。
駆け寄って助手席に滑り込むと、車は軽快に発進する。
「久しぶりだね。新しい仕事はどう?」
「うん、すごく充実してる。毎日が楽しいよ」
「そっかー。連敗してた頃は暗い顔してたけど……うん、いい表情になった!
よかった!」
厚美がにっかり笑う。
彼女とは高校時代からの親友だ。
旅行好きで行動派の厚美は旅行会社に就職して、世界を飛び回っている。
優しくて頼りになって、私にとっては大切な存在だ。
「今日はどこ行くの?」
「ふふーん。いいレストラン見つけたの。水姫も絶対気に入るよ」
「へえ、楽しみ!」
自信満々な様子に、私の胸も弾む。
……けれど、車が山道を登っていくにつれ、どこかで見た景色だと気づいた。
――いや、“見た”んじゃない。来たんだ。つい最近。
山頂近く、ぽつんと建つレストラン。
点野さんの店だった。
「……まじか」
思わず漏れた声に、厚美が「何?」と笑う。
「ほら、行くよー」
急かされるまま店に足を踏み入れると、眩しい笑顔の店長
――点野さんが出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご予約二名様ですね。……あれ? 古川さん?」
「こ、こんばんは。点野さん」
苦笑いで応じる私の横で、厚美が目を丸くして私と点野さんを見比べる。
◆
夜景の見える席に通され、厚美は興味津々で身を乗り出した。
「なるほどね。店長と知り合いだったんだ」
「一度だけね……友人に連れて来てもらったの」
まさかこんな形で再訪するなんて。世間は狭い。
そんなことを思っていると、入口のベルが鳴った。
次の瞬間、聞き慣れた声が耳に届く。
――え? 東地先生?
反射的に振り返ってしまって、すぐに後悔した。
そこには東地先生がいた。
そして先生の隣には、綺麗な女性。
心臓が跳ね、呼吸の仕方を忘れる。
私はとっさにメニューを持ち上げて、半分だけ顔を隠した。
……やっぱり。
あの人の優しさに、深い意味なんてなかったのかもしれない。
隣にいるのは、こんなにも美しい彼女じゃないか。
先生は女性をエスコートしながら、予約の個室へと姿を消していった。
扉が閉まる音が、やけに遠く聞こえた。
胸の奥に、苦いものがじわりと広がる。
私はただ黙って、その後ろ姿の消えた場所を見つめるしかなかった。
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