第4話 仕切り直しとお守り③
レンガ造りのレトロな外観をしたレストランへ、先生と入った。
店内は落ち着いた照明に包まれ、
アンティーク調の小物が大人びた空気を漂わせている。
「おしゃれ……」
思わず視線が泳いだ、そのとき。先生がふと口を開いた。
「こちらは、診療所へ通われている患者様のお店なんですよ」
「なるほど。だから、こんなに居心地がいいんですね」
前菜やパスタを選び、料理が運ばれてくるのを待つ。
この“待つ時間”のわくわく感が、私はけっこう好きだ。
そういえば、クリニックにもキッチンがあった。
ふと気になって尋ねる。
「先生は普段、自炊されるんですか?」
「ええ。簡単なものでしたら。ただ……」
「ただ?」
「診察室の隣がキッチンなので、どうしても匂いが残ってしまうんですよ」
「あぁー、なるほど。空気清浄機フル稼働ですね」
「ええ。即席めんを作ってもすぐにバレます」
先生が苦笑するのを見て、私は思わず吹き出した。
たしかに、訪れるたびコーヒーの香りがしていた気がする。
「古川さんは、自炊されます?」
「まぁ、一人暮らしですから必要に迫られて。買った方が安いものは、
わざわざ作りませんけど」
「なるほど。……古川さんの手料理、食べてみたいですね」
さらりと笑顔で言ってのける先生に、私は心の中でイエローカードを掲げた。
「東地、言葉のチョイス」
「え?」
「あー……すみません。今、点野さんが私に憑依しました」
冗談めかして返すと、先生も釣られて苦笑する。
「またやっちゃいましたか。よく点野君に怒られるんです」
「私は平気ですけど……それ、勘違いされますよ」
「勘違い、ですか?」
先生はきょとんとした顔で、続けて爆弾を落とした。
「古川さんに対しては、誤解じゃないと思いますが」
……危険。危険すぎる。
私は思わず紙ナプキンを握りしめた。
──『東地に惚れると苦労するぜ』。
羽生さんの忠告が、頭の中を高速で駆け巡る。
「ま、まぁ……先生は大切な友人ですから。
そのうち機会があれば、何か作りますね」
「本当ですか? 楽しみにしています」
ふわりと嬉しそうに笑う顔に、思わずため息がこぼれた。
――この男、あざとい。あざとすぎる。
やがて料理が運ばれてきた。
目にも鮮やかで、口に運ぶたび身体がほどけていくような優しい味。
満たされた気持ちで食事を楽しんでいると、入口付近から言い合う声が響いた。
予約時間に遅れて来た客が、キャンセル扱いになったと食い下がっているらしい。
店内は満席で、オーナーも困り顔だ。
私は小声で先生に囁いた。
「……席、譲りましょうか?」
「いいんですか?」
「ええ。もう十分いただきましたし」
先生は静かに立ち上がってオーナーへ声をかけ、状況はほどなく落ち着いた。
私たちは席を立ち、店を出ることにする。
会計をしようとすると、スタッフが首を振った。
「お会計は先生がすでに……」
「え、いつのまに!?」
驚きと感謝を抱えたまま店を出ると、夜風が心地よく頬を撫でた。
「ごちそうさまでした。素敵なお店に連れてきてくださって、
ありがとうございます」
「いえ。満足していただけて何よりです。……また一緒に行きましょうね」
先生はにっこり笑う。
私が腕を伸ばして軽く背伸びをした、そのとき――不意に手が差し出された。
「まだ時間も早いですし。お茶でもどうですか?」
……はぁ。
思わず深いため息が漏れる。点野さん、今すぐ降りてきてほしい。
仕方なく白旗を上げて、その手に自分の手を重ねると、
先生は満足そうに歩き出した。
「ああ、やはり」
「え?」
「古川さんのお守りは、最強ですね」
「……何がです?」
問いかけても、先生はただ微笑むばかりだった。
――そもそも。
私と先生の始まりも、こんなふうに“微笑み”からだった気がする。
(……素敵なご縁を、ありがとうございます)
聞こえるはずのない心の声を、先生はやっぱり拾ってしまったのかもしれない。
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