第6話

風紀委員会に入って数日が過ぎた。

 技術顧問となった九重蓮の仕事は、主に押収された不正端末の解析と、校内ネットワークの脆弱性診断だった。


 放課後の部室。

 蓮はパイプ椅子に座り、黙々とガラケーのキーを叩いていた。


「……ここも穴だらけか。食堂の券売機サーバーを経由して、生徒の個人情報にアクセスできる構造になってる」


 学園のセキュリティ意識の低さに呆れつつ、蓮は勝手にパッチ(修正プログラム)を当てていく。

 誰に頼まれたわけでもない。自分の平穏な生活を守るため、周囲の「壁」を補強しているだけだ。


「お兄様~! 差し入れを持ってきましたよ!」


 そんな静寂を破り、ドアが勢いよく開かれた。

 九重桜だ。

 手にはバスケット。中身は焼きたてのクッキーと、なぜか高級な紅茶セット。


「……桜。ここは風紀委員の部室だぞ。生徒会役員のお前が入り浸っていい場所じゃない」

「何を仰いますか。兄様がいる場所こそが、私の世界の中心座標(オリジン)です」


 桜は当然のように蓮の隣に椅子を引き寄せ、紅茶を淹れ始めた。

 その所作は優雅だが、距離が近すぎる。蓮の腕と桜の腕が触れ合う距離だ。


「はい、マドレーヌも焼いてきました。……あーん」

「自分で食える」

「ダメです。兄様はキーボードから手を離さないでください。栄養補給は私が管理します」


 問答無用で口に突っ込まれるマドレーヌ。

 甘い。甘すぎる。味も、状況も。

 部屋の奥で書類仕事をしていた委員長の神宮寺が、煙たそうに顔をしかめた。


「おい九重。妹とイチャつくのは構わんが、砂糖を吐くのは勘弁してくれよ」

「……すみません。追い出しても戻ってくるんです」

「ふふっ。神宮寺先輩も、兄様に近づきすぎないでくださいね? 半径1メートル以内は私の『聖域(サンクチュアリ)』ですので」


 桜が笑顔で、しかし目は笑わずに釘を刺す。

 この妹、物理的な防壁魔法だけでなく、精神的なファイアウォールも分厚いらしい。


 その時。

 コンコン、と控えめなノック音が響いた。


「失礼します……スマホの修理をお願いしたいんですが」


 入ってきたのは、気弱そうな男子生徒だった。

 1年生の管理科の制服を着ている。


「修理? ここは修理屋じゃないぞ。管理科の窓口へ行け」

「そ、それが……窓口に行ったら『技術顧問の九重に見てもらえ』と言われて……」

「……チッ。あの教師ども、俺に仕事を丸投げしやがって」


 蓮は舌打ちをしつつ、手招きした。

 生徒はおずおずと端末を差し出した。

 画面にはノイズが走り、起動画面でループしている。


「授業中に急に動かなくなって……大事なデータが入ってるんです。なんとか直りませんか?」

「……見せてみろ」


 蓮は端末を受け取り、USBケーブルで自分のガラケーと接続した。

 診断モード起動。


(……ふうん?)


 蓮の目がわずかに細められた。

 表面上はOSのクラッシュに見える。

 だが、ソースコードの深層――カーネル部分に、奇妙なプログラムが埋め込まれているのが見えた。


(ランサムウェアの一種か? いや、違う。これは……『トロイの木馬』だ)


 修理のためにこの端末を学内ネットワークに接続した瞬間、自動的にウイルスを拡散させ、バックドア(裏口)を開く仕組みになっている。

 そして、この端末の持ち主である男子生徒。

 彼の心拍数が、わずかに上がっているのを蓮は見逃さなかった。


(なるほど。ただの生徒じゃないな)


 『ジェイルブレイク』の構成員か、あるいは金で雇われた手先(パシリ)か。

 学園内部に侵入するための「鍵」として、このウイルス入り端末を持ち込んだのだろう。


「……どうですか? 直りそうですか?」


 生徒が不安そうに聞いてくる。その目は、蓮の手元を油断なく観察していた。


「ああ、重症だな」


 蓮は無表情で答えた。


「システム領域が破損してる。これを直すには、一度管理者権限で再起動して、ルートディレクトリを書き換える必要がある」

「そ、そうですか! じゃあ、お願いします!」


 生徒の目に喜色が浮かぶ。

 蓮が管理者権限を使えば、その認証情報を盗み取れる仕掛けなのだろう。


「分かった。……だが、俺のやり方は少々荒っぽいぞ」


 蓮はガラケーのキーを叩いた。

 カチカチカチッ。


 ――サンドボックス(隔離領域)展開。

 ――仮想環境による「偽の管理者権限」構築。


 蓮はウイルスに対し、本物の学内ネットワークに見せかけた「ハリボテの空間」を用意した。

 そして、そこへウイルスを誘導する。


「よし、修理完了だ」


 数秒後。

 蓮は端末を再起動し、生徒に返却した。

 画面のノイズは消え、正常に動作しているように見える。


「お、おお! 直った! ありがとうございます!」

「礼はいい。次からは怪しいサイトを見るなよ」

「は、はい! 失礼しました!」


 生徒はそそくさと部屋を出て行った。

 任務完了を確信した足取りだった。


 扉が閉まった後。

 蓮はふぅ、と息を吐き、ガラケーの画面を確認した。


『データ収集完了。送信元IPアドレス特定』


「……泳がせる気か? 九重」


 神宮寺がタバコ(電子)をふかしながら聞いてきた。

 彼女も気づいていたようだ。


「ええ。ここで捕まえてもトカゲの尻尾切りです。奴が持ち帰ったのは、俺が用意した『偽の認証データ』と、逆探知用のビーコンプログラムですから」

「性格悪いな、お前」

「エンジニアの嗜みですよ」


 蓮はクッキーを一つ口に放り込んだ。

 今頃、あのスパイは組織に「学園への侵入経路を確保した」と報告しているだろう。

 だが実際は、蓮の監視下にある「隔離された檻」の中に招き入れられただけだ。


「……兄様、あの男。なんだか嫌な匂いがしました」


 桜が眉をひそめて呟く。

 彼女の「聖女」としての直感は鋭い。


「ああ。近いうちに、大きな動きがあるだろうな」


 蓮は窓の外、夕闇に沈む学園を見下ろした。

 『ジェイルブレイク』。

 彼らが本気で仕掛けてくるなら、学園祭か、あるいは……。


「……備えはしておくさ。俺たちの日常を壊そうとするバグは、徹底的に駆除する」


 蓮のガラケー画面に、地図が表示される。

 先ほどの生徒が移動している位置情報が、リアルタイムで光点として点滅していた。


 カウンター・ハックの準備は整った。

 ネズミがどこへ帰るのか、突き止める番だ。

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