第5話
放課後の校舎別棟。
そこに、「風紀委員会」の部室はある。
学園の治安維持を担うこの組織は、実態としては「学内警察」に近い権限を持っている。
「――ようこそ、泥沼の最前線へ。歓迎するぜ、九重」
部室のドアを開けるなり、紫煙(電子タバコの蒸気)と共に男勝りな声が飛んできた。
デスクに足を乗せ、気だるげに座っているのは、燃えるような赤髪の女子生徒。
3年C組、風紀委員長・神宮寺(じんぐうじ)レナ。
入学式の日に蓮に目をつけた、あの先輩だ。
「……どうも。技術顧問として配属されました」
「ああ、生徒会長から聞いてるよ。『面白い番犬を拾ったから、飼い慣らしなさい』ってな」
神宮寺はニヤリと笑い、デスクに積まれたタブレットの山を指差した。
「早速だが仕事だ。これを見てみな」
蓮がタブレットを手に取ると、そこには複数の事故報告書が表示されていた。
『演習中にファイアボールが暴発』
『廊下での移動魔法による衝突事故』
『身体強化魔法の制御不能』
「最近、校内で魔力暴走事故が多発してる。原因はこいつだ」
神宮寺がモニターに画像を表示した。
それは、アンダーグラウンドな掲示板で売買されている、怪しげなアイコンのアプリだった。
「通称『ブースト・ツール』。スマホのセーフティリミッターを強制解除して、魔力出力を倍増させる違法アプリだ」
「……なるほど。脱獄(ジェイルブレイク)ですか」
蓮は瞬時に理解した。
正規の魔法アプリには、使用者の身体を守るために出力制限がかけられている。
それを不正に解除(ルート化)し、限界を超えた力を引き出すツールだ。
当然、端末にも人体にも深刻な負荷がかかる。
「馬鹿な連中だよ。強くなりたい一心で、出処不明のウイルス入りアプリをインストールするなんてな」
神宮寺が呆れたように吐き捨てる。
その時、室内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
『緊急警報! 第2中庭にて、魔力反応の異常増大を検知! クラス3の暴走です!』
「チッ、噂をすればこれだ! 行くぞ九重! 新入りのお手並み拝見といこうか!」
「……了解。やれやれ、残業はしない主義なんですが」
◇
第2中庭は、パニックに陥っていた。
その中心に、一人の男子生徒が立っている。目は血走り、全身から紫色の不気味なオーラを噴き出している。
「うおおぉぉッ! 力が……力が溢れてくるぞぉぉッ!」
彼は狂ったように笑いながら、デタラメに魔法を乱射していた。
風の刃が植え込みを切り裂き、ベンチを粉砕する。
周囲の生徒たちは悲鳴を上げて逃げ惑っている。
「ヒャハハ! 俺は選ばれたんだ! これで俺も実演科のエリートだ!」
「……哀れだな」
現場に到着した蓮は、冷ややかな目で暴走生徒を見つめた。
彼の目には、生徒のスマホから溢れ出る汚染されたソースコードが見えている。
(……脳内の魔力回路(パス)が焼き切れる寸前だ。アプリの製作者は、最初から使い捨てにするつもりで組んでいる)
「確保する! 総員、防御陣形!」
神宮寺の号令で、風紀委員たちが盾を展開して包囲する。
だが、暴走生徒の出力は異常に高い。
正規の防御魔法が、強引な魔力の奔流によって押し返されていく。
「無駄だ無駄だぁ! 俺は最強なんだよぉぉッ!」
生徒がさらに出力を上げようと、スマホを操作した瞬間。
「――そこまでだ」
蓮が一歩、前へ出た。
手には愛用のガラケー。
「神宮寺先輩。物理的な制圧は任せます。俺は『元栓』を閉めますから」
「あ? 元栓だと?」
蓮は暴走する魔力の嵐の中を、無防備に歩いていく。
風の刃が蓮に迫るが、蓮がカチリとキーを一つ押すたびに、刃は蓮の体を避けるように軌道を逸らしていく。
「な、なんだアイツ!? 当たらないぞ!?」
「来るな! 来るなぁぁッ!」
暴走生徒が錯乱し、最大出力の魔法を放とうとする。
「俺の力を見ろぉぉッ!」
「それはお前の力じゃない。……ウイルスの力だ」
蓮は立ち止まり、ガラケーの決定キーを弾いた。
「――強制切断(ログアウト)」
ブツンッ。
唐突に、世界から音が消えた。
暴走生徒のスマホから煙が上がり、展開されていた紫色のオーラが一瞬で霧散する。
「え……? 俺の、力が……?」
生徒は呆然と自分の手を見る。
魔法が発動しない。それどころか、スマホが完全に沈黙している。
「その違法アプリのプロセスを特定し、ルート権限ごと削除した。ついでに、端末のBIOSもロックしておいたぞ」
蓮は淡々と告げる。
「お前のスマホはもう、ただの文鎮だ。修理に出しても直らない」
「そ、そんな……俺の最強魔法が……」
「夢を見るのは終わりだ。頭を冷やせ」
力が抜け、その場に崩れ落ちる男子生徒。
そこへ、神宮寺たちが駆け寄って拘束する。
あっけない幕切れだった。
「……すげえな」
神宮寺が目を丸くして蓮を見た。
「あの距離から、特定のアプリだけを狙い撃ちで削除したのか? どんな芸当だよ」
「ただの遠隔操作(リモート・アクセス)ですよ。セキュリティホールだらけだったので、簡単でした」
蓮はガラケーをしまいながら、ふと、あることに気づいて眉をひそめた。
(……今のアプリ。削除する直前に、外部サーバーへデータを送信しようとしていたな)
ただの自己強化アプリではない。
使用者の生体データや魔力波形を収集する、スパイウェアの一種だ。
送信先のアドレスは、幾重にも暗号化されていて追跡できなかったが……。
「……ブースト・ツールか。裏に誰かいるな」
「ああ。最近、この手のアプリをばら撒いてる組織があるらしい。『ジェイルブレイク』とかいうふざけた名前のハッカー集団だ」
神宮寺が忌々しそうに言う。
ジェイルブレイク。
その名は、蓮も聞いたことがあった。ネットの海を荒らす、質の悪い破壊工作員たち。
「……兄様!」
そこへ、騒ぎを聞きつけた桜が走ってきた。
蓮の無事を確認すると、安堵のため息をつき、そして拘束された生徒をゴミを見るような目で見下ろした。
「兄様の貴重な放課後を奪うなんて……万死に値しますね」
「桜、物騒なことを言うな。……帰るぞ。腹が減った」
「はい! 今日は特製のハンバーグです!」
蓮は神宮寺に軽く手を挙げ、妹と共に現場を後にした。
だが、この一件は単なる序章に過ぎなかった。
学園の影で拡散する「悪意あるコード」。
それを操る姿なき敵が、蓮というイレギュラーな存在に気づき始めていた。
――同日深夜。某所、サーバールーム。
「……ほう。一高に、俺のツールを即座に解析する奴がいるのか」
無数のモニターに囲まれた男が、キーボードを叩きながら呟く。
画面には、今日の一件のログが表示されている。
「面白い。次の実験(ゲーム)の相手は、そいつに決めた」
男がEnterキーを押すと、画面に不吉なプロジェクト名が表示された。
『Project: School Jack(学園占拠計画)』。
カウントダウンが始まった。
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