第ニ話 ゴミ溜めの空から降ってきたモノ
ジジジ、と左腕のサーボモーターが嫌な音を立てた。
オイル切れか、それとも砂を噛んだか。
俺は舌打ちをして、砂塗れのゴーグルを指で拭う。
「……クソ、また熱暴走かよ。乃乃(のない)重工製のパーツは繊細すぎて使い物にならねえ」
視界の隅に表示される警告ログを瞬きで消去する。
ここは「プールアイランド」の第8地区。かつて東京と呼ばれた場所のなれの果てだ。
赤茶けた空からは容赦なく酸性雨混じりの陽光が降り注ぎ、ビル風の代わりに熱風が吹き抜ける。
俺の名前はレン。
このゴミ溜めで、機械の死骸を漁って生きる「ジャンカー(回収屋)」だ。
『警告(アラート)。接近反応多数。識別信号――乃乃重工、自律防衛ドローン』
埋め込んだ骨伝導インカムが、無機質な声を脳内に響かせた。
瓦礫の山の向こうから、金属が擦れる不快な駆動音が近づいてくる。
四足歩行の警備ロボットだ。通称「野良犬」。
かつて治安維持のために放たれた機械たちは、制御を失った今もこうして人間を狩り続けている。
「上等だ。今日の晩飯代になれ」
俺は背負っていた鉄塊を構えた。
工事用の杭打ち機(パイルバンカー)に、バイクのエンジンを無理やり溶接したお手製の鈍器だ。
見た目は不格好だが、分厚い装甲をぶち抜くにはこれしかない。
ギャンッ! と甲高い声を上げて、野良犬が飛びかかってくる。
速い。だが、動きは単調だ。
俺は左腕の義手――闇医者がジャンクパーツでツギハギした旧式の強化腕――を前に突き出し、奴の噛みつきをあえて受け止める。
金属と金属がぶつかり、火花が散る。
「捕まえたぞ」
義手の出力(ゲイン)を最大にする。軋む関節を無視して野良犬を地面にねじ伏せ、その頭上にパイルバンカーの銃口を押し当てた。
トリガーを引く。
爆音。
巨大な鉄杭がドローンの電子頭脳(CPU)を粉砕し、オイルのような体液を周囲に撒き散らした。
「……ふう」
痙攣して動かなくなった残骸から、俺は手慣れた手つきでレアメタル製のチップとバッテリーを引き抜いた。
こいつを闇市に流せば、三日分の食料と、きれいな水が手に入る。
そして、そのわずかな貯金の先にあるのは――。
俺は顔を上げ、遥か彼方の海上を睨んだ。
霞む水平線の向こうに、蜃気楼のように浮かぶ巨大な影。
人工島『満島(みつしま)』。
選ばれた人間だけが住む、清潔で、安全で、何もかもが満たされた楽園。
「待ってろよ、サヤ」
幼馴染の少女は、三年前にあの島へ連れ去られた。
何のためかは分からない。だが、必ず取り戻す。
そのためなら、俺は自分の体をどれだけ機械に変えても構わない。
その時だった。
キィィィィィィィン……!
空気が裂けるような高周波音が鼓膜を叩いた。
反射的に空を見上げる。
満島の方角から、何かが飛来している。ミサイル? いや、違う。
「……落下してくる!?」
それは流星のように赤い尾を引きながら、俺のいる第8地区の廃ビル群へと突っ込んだ。
ズゥゥゥゥゥン!!
凄まじい衝撃と粉塵。
俺は爆風に煽られながらも、本能的にその落下地点へと駆け出していた。
金になるパーツが落ちてきたのかもしれない。あるいは、満島の最新兵器か。
どちらにせよ、他のハイエナ共に奪われる前に確保しなければならない。
落下地点は、巨大なクレーターになっていた。
その中心で、灼熱の蒸気を上げているのは、銀色のカプセルだった。
表面には『NONAI』のロゴマーク。
「乃乃重工の……貨物か?」
俺が警戒しながら近づくと、プシュウウウ、と圧縮空気が抜ける音と共に、カプセルのハッチがスライドした。
中から出てきたのは、兵器でも、物資でもなかった。
人間だ。
いや――人間と同じ姿をした、何か。
歳は俺と同じくらいだろうか。透き通るような白い肌。色素の薄い髪。
彼女は一糸纏わぬ全裸のまま、ゆらりと立ち上がった。
その体には無数のコード接続端子(ソケット)が埋め込まれており、微弱な青い光が肌の下を脈動している。
「おい、あんた……大丈夫か?」
俺が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
その瞳を見て、俺は背筋が凍るのを感じた。
美しい。だが、そこには感情というものが一切存在しなかった。まるでカメラのレンズに見つめられているような、無機質な眼差し。
彼女は自分の裸を隠そうともせず、俺のパイルバンカーをじっと見つめ、鈴が転がるような声で言った。
「――個体識別名、レン。敵性反応なし。武装の提供を要求する」
「は?」
「追跡者が来る。現在の私の装備では、排除不可能」
彼女が指さした空の向こうから、重低音が響いてくる。
それは先ほどの「野良犬」とは比較にならない、軍事用戦闘ヘリのローター音だった。
俺の平穏なジャンク生活は、どうやらここで終わったらしい。
ゴミ溜めに降ってきたのは、金づるどころか、とびきり厄介な「女神様」だった。
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