第三話 錆びついた牙、黄金の弾丸
爆音が空気を震わせる。
廃ビルの谷間から姿を現したのは、漆黒の塗装が施された戦闘ヘリだった。
機体側面には『NONAI SECURITY』の文字。乃乃(のない)重工の治安維持部隊だ。
「……マジかよ。ドローン一匹追うのに、対戦車ヘリのお出ましか?」
俺は思わず悪態をついた。
普段、俺たちのようなゴミ漁り(スカベンジャー)を追い払うのは、せいぜい自律歩行の警備ロボット程度だ。こんな軍用兵器がスラムに出てくるなんて聞いたことがない。
「対象を発見。排除行動に移る」
ヘリの外部スピーカーから、合成音声の警告が響く。
直後、機首のガトリング砲が回転を始めた。
「走れ!」
俺は少女の手首を掴み、瓦礫の山を駆け下りた。
一拍遅れて、俺たちが立っていた場所が銃弾の嵐によって粉砕される。
コンクリートが豆腐のように砕け飛び、砂煙が舞う。
「きゃっ……」
少女が足をもつれさせて転びそうになる。俺は強引に彼女を抱きかかえ、崩れかけた高架下へと滑り込んだ。
「おい、あんた! 逃げる気あんのか!?」
「……逃走ルートを計算中。しかし、生存確率は0.8%」
少女は俺の腕の中で、表情一つ変えずに淡々と言った。
その瞳には恐怖の色がない。ただ、壊れた計算機のように絶望的な数値を弾き出しているだけだ。
「0.8%だと? ふざけんな!」
「敵機体の装甲強度、および火力を分析。あなたの装備――旧式パイルバンカー『穿孔(せんこう)丸』では、貫通不可能」
「俺の相棒を勝手に鑑定すんじゃねえ! これしかねえんだよ!」
俺は歯を食いしばる。
頭上ではヘリが旋回し、執拗に俺たちを探している。ここが見つかるのも時間の問題だ。
パイルバンカーの射程は、文字通り「ゼロ距離」。空を飛ぶ相手には無力だ。
詰んだか。
サヤを助けに行くどころか、こんな場所で、名も知らぬ裸の女と心中かよ。
その時だった。
少女が、俺の左腕――ジャンクパーツで継ぎ接ぎだらけの義手に、そっと手を添えた。
彼女の指先から、青白い火花が散る。
「……何だ?」
「接続(アクセス)承認。外部兵装として認識。――リミッター解除」
彼女がそう呟いた瞬間だった。
「ぐ、がぁぁぁぁぁっ!?」
俺の喉から、声にならない絶叫が漏れた。
熱い。熱いなんてもんじゃない。
まるで沸騰した鉛を血管に流し込まれたような激痛が、左腕から脳髄へと駆け巡る。
錆びついた鉄屑だったはずの義手が、俺の神経(ニューロン)を無理やり食い荒らしながら、強制的に出力を上げていく。
『警告。生体電流異常。神経接続レベル、危険域(レッドゾーン)へ突入』
インカムが狂ったように警告音を鳴らすが、ナインは表情一つ変えない。
彼女にとって俺の肉体は、単なる「回路の一部」でしかないのだ。
「強制冷却、カット。痛み信号、遮断。――撃って」
もはや自分の意志で動いているのかも分からない。
操り人形のように跳ね上げられた俺の身体は、爆発的な推力で高架下から飛び出した。
ヘリのガトリングが火を吹く。
だが、回避行動すら自動化されていた。筋肉が引きちぎれそうなG(重力加速度)がかかり、骨が軋む音が聞こえる。
構わず俺は、青黒い煙を噴き上げるパイルバンカーを、ヘリのコックピットへ叩き込んだ。
「らぁぁぁぁぁっ!!」
トリガーを引く。
ズガァァァァァァァンッ!!
雷が落ちたような衝撃。
反動で、左肩の関節が外れる嫌な感覚があった。
だが、分厚い装甲は紙のように引き裂かれ、衝撃波が機体を内部から破壊する。
爆炎と共にヘリが傾き、きりもみ回転しながらスラムの彼方へ墜落していった。
ドサッ。
着地と同時に、俺は無様に地面へ転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
左腕が動かない。
袖は焼け焦げ、皮膚はドス黒く変色し、隙間から火傷をした生身が覗いている。
鼻をつくのは、オイルと、自分自身の肉が焦げた臭い。
「……殺す、気か……この野郎……」
脂汗を流しながら睨みつける俺の横で、少女は瓦礫の上にふわりと着地した。
彼女は墜落したヘリを一瞥した後、俺のボロボロになった左腕に視線を落とす。
そこに心配や憐憫の色は一切ない。
壊れた部品を検品するような、冷たく透き通った瞳だった。
「脅威レベル、低下。戦闘終了」
「……おい、俺の腕、見て分かんねえのか……」
「敵機破壊に成功。目的は達成された」
彼女は小首をかしげ、不思議そうに瞬きをした。
「生体部品の損耗は30%。活動に支障なし。何が問題?」
こいつ……!
俺は痛みに霞む視界で、彼女を睨み返した。
とんでもない化け物を拾っちまった。人の痛みなんざ理解できない、美しい殺戮兵器。
「……名前だ。あんたの名前を聞いてるんだ」
彼女は少し考え込んでから、機械的に答えた。
「乃乃重工、特務開発局製、第九世代自律型兵器。コードネーム『ナイン』」
ナイン。9番目。
それが、俺の身を削り、この世界を壊す引き金となる少女の名前だった。
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