第6話 薄い青の理由

実習が終わって、三か月が過ぎた。


花子は、短大の課題を終え、自室の机に向かっていた。


窓を少し開けると、風が、紙の端を揺らす。


引き出しの奥から、あの布が出てきた。


淡い青。


相変わらず、主張しない色。


そのとき、ふと、思い出す。


——メグは、あのとき、どうしてあんなに落ち着いていたんだろう。


職員室に来たとき。声は小さかったが、迷ってはいなかった。


「今じゃないと、無理だと思って」


あれは、相手の都合を測る言い方ではない。


自分の限界を、正確に知っている人の言葉だった。


花子は、ペンを置く。


思い返せば、メグは、いつもそうだった。


必要なことは、大人に聞きに来る。


余計な雑談は、しない。でも、逃げない。


美咲ほど活発ではないが、完全に黙っているわけでもない。


——あれは、途中の位置だ。


花子は、自分の過去を、一段ずつ、遡る。


小学校のころ。声が出なかった時期。


中学に入って、返事だけは、できるようになった時期。


「大丈夫?」と聞かれるたび、大丈夫じゃないのに、うなずいていた時期。


——メグは、今、あの場所にいる。


そう気づいた瞬間、胸の奥で、小さな音がした。


カチリ、ではない。もっと、柔らかい音。


メグの手が、青かった理由が、ようやく、言葉になる。


——あれは、先生のため、だけじゃなかった。


——自分が、どこまで行けるか、確かめる手だった。


花子は、布をたたみ、机の端に置く。


自分の手を見る。


白い。


でも、怖さの形が、少しだけ、変わっている。


花子は、スマートフォンを取り、検索欄に、一度、文字を入れて、消した。


代わりに、藍染の道具を扱う店のページを、ブックマークした。


今じゃない。


でも、ゼロでもない。


机の上に置いた布は、光の加減で、ほんの少し、青く見えた。

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