第6話

 その夜、クニと僕はアパートの小さなテーブルを挟んで向かい合っていた。
ワンルームの部屋は、二人で使うには少し狭い。けれど、不思議と息苦しさはなかった。

 夕食の時間だったので、僕はスーパーで買ったお惣菜を、クニは同じスーパーで買ったぜんざいを食べることにした。ぜんざいは、正確には僕が選んだわけではない。

 スーパーの店内を見回っている間、クニが何かを見つけて僕のカゴの中にぽいっと入れてきたのだ。神社の祭神が、その時だけ人間化して無言で棚から商品を取り、慣れた手つきで人の買い物カゴに放り込む。その光景は、どう考えても現実感がなかった。


 よく見ると、それはお湯を入れるだけでできるぜんざいだった。神様がインスタント食品を選ぶ光景というのは、なかなかにシュールだった。

「……ぜんざい好きなんだ」

「当たり前だろ。甘味は供物の基本だ」

 胸を張って言われても、説得力があるのかないのか分からない。けれど、今こうして湯気の立つマグカップを両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけながら飲んでいる姿を見ると、神様というより、完全に生活に馴染んだ“居候”だった。


 それでも、所作の端々に妙な品があって、どうしてもただの人間には見えない。

 ぜんざいを一口含んだクニが、満足そうに目を細める。

「……やっぱ、祠で食うより落ち着くな」

「うちで食べる前提なの」

「当たり前だろ。祠は仕事場だ」

 オンとオフはきっちり分ける神様。そんな概念があることに、思わず苦笑してしまう。
神様という存在は、もっと曖昧で、人間の生活とは交わらないものだと思っていた。けれど今、目の前にいるクニは、あまりにも馴染んでいる。

 テーブルの上には、さっきまで使っていたメモ帳が広がっている。
“作戦”と大きく書かれ、その下に、几帳面とは言えない文字で箇条書きが並んでいた。先ほどクニが黙々と何かを書き込んでいたものだ。

「改めて言うぞ。お前の体質を抑えるために、必要なことは3つ」

 クニは腕を組み、妙に真剣な顔をしている。神様相手に作戦会議をしているという異常な状況に、僕が思った以上に慣れてしまっていることが、少し怖かった。

「うん」

「まず、突発的な縁が発生するために、縁が発生しやすい場所には行くな。飲み会や合コンだ」

「え」

 思わず声が裏返った。あまりにも生活に直結した禁止事項だったからだ。

「ああいう場は、縁が無秩序に絡まる。酒も入るしな」

 クニは指で机をとんと叩く。その音が妙に重く響く。

「だ、だって、そう言うところに行かないと、社会人は出会えないよ」

「うるさい。お前は、そういう強制的に縁ができるところは向いてない。できれば、昔から知ってるやつとか、ゆるく縁ができてるやつを狙え」

「ぶー」

 ぴしゃりと言われ、不貞腐れる。

「次、何かあれば俺にすぐ報告しろ」

「うん」

「気になる、話しやすい、居心地がいい。この段階でだ」

「早くない?」

「遅い」

 即答だった。

「お前は崖から転げるように好きになっていくから、その時点でかなり絡まってるだろう。ほどく手間が増える」

 効率の話をしているはずなのに、やけに僕の心情を正確に言い当てられている気がして、背中がむず痒くなる。僕が誰かを好きになる時の速度や、ブレーキの壊れ方を、いつの間にそんなに把握していたのだろう。

「最後、健康的な生活をしろ」

「そんな、小学生じゃないんだから」

 思わず笑うと、クニが少しだけ眉をひそめた。

「馬鹿にするな。心身が弱ってると、縁は暴れやすい」

 神様の口から出る言葉にしては、やけに人間臭い。

 そう言ってから、クニは一瞬だけ視線を逸らし、少しだけ言い淀んだ。

「……特に、お前は。藤堂に惚れたのだって、転職したばかりで精神的に参ってたからだろうが」

 図星だった。

「……僕のこと監視してる?」

「管理してる」

 そう言い切るが、クニの横顔はどこか苦しそうだった。その表情の理由を考えかけて、僕はふと今朝の通勤電車の光景を思い出す。

「今朝、電車でやってたみたいに、縁を止めることもできるんだよね」

 クニが、静かにこちらを見る。

「ああ。止めるというか、逸らす」

 指先を軽く動かすと、空気がかすかに震えた気がした。見えないはずのものが、確かにそこに存在している感覚。

「お前に伸びかけた縁を、途中で緩めて、別の流れに逃がす」

「切るわけじゃない?」

「切らねえ」

 きっぱりと言う。

「縁は切るもんじゃない。流れを変えるだけだ」

 それは、ひどく穏やかな声音だった。縁を司る神の言葉として、妙に胸に残る。

「……でも」

 僕は、躊躇いながら続ける。

「それ、クニがずっとやるの?」

 一瞬、部屋の空気が止まったような気がした。何も考えずにした質問だったけれど、クニにとっては違ったのかもしれない。

「今は、俺がやる。お前がたった一人と縁を固定できるまで」

 そう短く答える。

「お前の縁は鋭すぎる。他のやつに任せられない」

 その言葉に、胸の奥がきゅっと縮む。

「それって……」

「管理だ」

 被せるように言われる。

「勘違いするな」

 そう言いながら、クニは腕を上げる。近づいた気配に、心臓が一つ跳ねる。

「今日はもう寝ろ」

 頭に、軽く手が置かれる。触れているのはそれだけなのに、その温度がじんわりと身体に広がっていく。

 無意識のうちに、肩の力が抜けていた。

「……うん」

 クニとの縁が静かに絡まっている感覚があった。クニは神様だから、この縁は絶対に壊れない。そのことに無性に安心感を感じてしまった。

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