第3話
あの縁叶神社での出来事を、僕は何度も頭の中で反芻していた。あの後、クニは跡形もなくいなくなり、呆然とした僕はほとんど反射的ににいつものアパートに帰っていた。
温かいコーヒーを飲みながら、いつもと変わらない社会人一人暮らしの風景をぼけっと眺める。ワンルームの、変わり映えのしない社会人一人暮らしの風景。脱ぎっぱなしの上着、流しに残ったコップ、壁際に積まれた書類の束。どれも昨日までと同じだ。
――なのに、クニの言葉だけが、異物のように頭に残って離れない。僕が「縁切り体質」を持っている。縁結びを希っていた僕には残酷な現実だった。
彼がいうには、僕が誰かを好きになるとその人との縁を壊してしまうらしい。正しくは「核心を暴く」だったか。 好きになるたび、誰かの核心を試すような真似をしてきたのだとしたら。藤堂先輩だって、僕のせいで不幸になってしまったのかもしれない。それでもなお、恋をしたいと願う自分は、あまりにも身勝手だ。
とりとめのないネガティブ思考を打ち消すために、縁叶神社の看板に記されていた祭神の名を思い出す。縁叶神社の祭神は大国主命だそうだ。クニという呼び名は、おそらくそこから取られたものなのだろう。縁を司る神が、僕の縁を管理する。
「ずいぶんネガティブだな」
背後から、低く呆れたような声がした。
「……え?」
反射的に振り向いた瞬間、思考が止まる。狭いワンルームの入り口、脱ぎっぱなしのスニーカーの横に、クニが立っていた。しかし、社の境内で見たときとは服装が変わっていた。黒いシャツにジーパンと言う、春の終わりのこの時期には至って普通の格好だ。手には中身が入ったビニール袋を持っている。
「お前の縁を管理することを、一応報告に行ってきた」
そうして、テーブルに袋を置いたかと思うと、中からペットボトルのお茶を出して飲み始めた。
「やっぱり生茶はうめえな。玉露だ」
現実感のありすぎる神様が、ありえないほど自然に、僕の生活圏に入り込んでいる。
「って、えええっ!?」
いつの間にか、僕の部屋の椅子に腰掛け、こちらを値踏みするように眺めている。
「前から思ってたけど、人間にしちゃ綺麗な顔してるな」
「は、はぁ……」
驚いている僕の顔を見て、クニは呟いた。確かに僕の顔は細面の母譲りで、母は生前は芸能関係の仕事をしていたらしい。そういえば、同僚には大河ドラマの主演を務めた美形の俳優に似ていると言われたことがある。クニは面白そうに口角を上げた。
「その面があれば、言い寄ってくる男もいただろうに。お前が好きにならなければ、お前の体質も影響が出ない。恋人のふりするだけでも恋愛ごっこを楽しむことは可能だろう」
僕はため息をつき、視線を逸らす。
「……でも、僕は自分が好きになった人と結ばれたい」
言葉にすると、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「恋のハンターでいたい、っていうか」
「は?」
クニが眉をひそめる。
「好きになったら、ちゃんと向き合って、追いかけて、掴み取りたい。……流されてとかそういうのは、正直、嫌です。僕も男、なので」
一息で言い切ると、部屋の空気が一瞬だけ張り詰めた。けれど、クニは怒らなかった。
「あっそ」
素っ気なく返して、腕を組む。
「ハンターだとしてもな」
低い声が、淡々と続く。
「獲物を狙った途端に、足元ごと地面が崩れる体質じゃ、話にならねえだろ」
「……ぐう」
ぐうの音が出てしまった。
「俺は、お前から狩りを奪う気はねえ」
クニは、ゆっくりと立ち上がり、こちらに近づく。
「ただ、無駄死にさせねえように、横にいる」
そう言って、姿が消えた。
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