第2話

 仕事が終わって、縁叶神社に直行した。帰りの電車で、我慢できずに泣いてしまった。人目も気にせずにボロ泣きする僕を、周りの人はよそよそしい目で見てきた。都会は冷たい。

 そしてふらふらと縁叶神社にやってきて、銅鏡に思いの丈を吐きだした。バチが当たるかもと思いながらも止められない。

「そ、そんなことってある?! なんで僕の恋は実らないんだ! ひどいよ! 祈っても全然縁が結ばれないじゃないか!!」

「……うるせえ」

「え」

「うるせえって言ってんだろ。この恋愛運破滅男」

「は、なんなんですか、あなたは」

 そうすると、銅鏡の後ろから、まるで手品のように人が出てきた。銅鏡の後ろで、気だるそうに胡座をかいている。

 座っているのは、少し前に会社でお弁当を作ってくるようにアドバイスをくれた人だった。

 あの時は一瞬だったので、見間違いかもと思っていたけれど、やはり目の前の男性はとても顔がいい。髪と目は黒曜石のように艶やかな漆黒で、無造作に肩の下まで流している。顔立ちは彫刻のように整いすぎており、高い鼻梁と意思の強そうな眼には不思議と品があった。身長は、170cmある僕より10cmほどは高いはずだ。ゆったりと胡座をかく姿を見てそう思う。

 違和感を感じるのは、服装はスーツではなく、むかし美術の教科書で見たような卑弥呼時代のような格好をしているからだ。白地に朱色と金糸で雲模様が描かれた狩衣姿で、胸元には勾玉の形をした飾りが下がり、腰には太刀を佩いている。足元は黒塗りの革製の履物。袖を通さずに羽織った単衣の裾が風に舞い上がると、そこから覗く手首には細かな彫りの施された腕輪が光っていた。

 戸惑う僕を見て、目の前の男がふわりと僕の目の前に立った。そして、人差し指を目の前に突き立てられる。

「俺様の神通力をもってしても、お前の恋愛運は壊滅的だ」

「いや、何を言って……。というか、誰? 」

「いや、ちげえな。お前が好きになった途端、相手の男は地獄へ落ちるように転落する。赤い糸は結ばれかかってんのにな。もしかして、縁切り体質か? 」

 そういうと、僕の顎を掴み、目を見つめてくる。身体の中を探られるような気がして、おもわず手を振り払い、後ずさる。

「ちょ、ちょっと! 警察呼びますよ! 」

「警察なんて来るかよ。ここは俺様の領域――縁叶神社の『裏』空間だからな」

 その言葉を聞いて、周りを見渡し、息を飲んだ。周りは何故かいつもの薄暗い境内ではなく、ただ白い霧のようなものだけが漂う異世界だった。僕の足元からは微かに地面の感触は伝わってくるが、踏みしめているのは土なのか雲なのか判別できない。

「どういうこと……」

 震える声で問いかけると、目の前の男がゆっくりと腕を組み直した。その動作すら映画のワンシーンのように滑らかだ。

「もう一度説明してやろう」

 彼の漆黒の瞳が鋭く僕を射貫く。

「お前は『縁切り体質』だ。正確には――『繋がりかけた運命を試す』特異体質というべきか」

「……は?」

 あまりにも突拍子もない言葉に、間抜けな声が漏れた。

「好きになった男が、借金で破滅し、夜逃げし、詐欺で捕まり、僧になる。偶然にしちゃ出来すぎだろ」

「それは……たまたま運が悪かっただけで……。というか、本当に誰?」

「俺の名はクニ。縁叶神社を司る神だ。縁結びの願い事を叶える神じゃねえ。普通の人間は俺が何もしなくても、一番良い相手と自然に結ばれる。俺の役目は、縁が拗れた人間の後始末をすることだ」

 クニと名乗る男は鼻で笑い、僕の額を指先で軽く弾いた。

「お前が誰かに強く執着すると、その縁は相手の心まで縛る。相手はそれに引きずられて、抱えてた問題が一気に表に噴き出して、耐えきれず歪んで崩れる」

「そんな……。僕が、呪いみたいな存在だって言うんですか」

 この異空間で、目の前には神様のような格好をした男。訳がわからなくなり、ただ言われたことを咀嚼する。

「呪いじゃねえ。性質だ」

 クニはあっさりと言い切った。

「……じゃあ、僕の恋が全部ダメになったのって」

「九割はお前の体質、残り一割は相手の自爆だな」

「ひどくないですか!? 」

「事実だ」

 僕は憤慨するも、クニは即答した。辻さんの詐欺、本間さんの夜逃げ、反町さんの出家、藤堂先輩の自己破産。脳裏に、これまでの失恋がフラッシュバックする。みんな好きだったのに、僕の前からいなくなってしまった。

「……じゃあ、僕が好きにならなければ」

「誰も落ちずに済んだかもな」

 その言葉に胸が、きゅっと縮んだ。

「でもな」

 クニは、ふっと表情を緩めた。

「それは“縁を壊す力”でもあるが、裏を返せば――縁の核心を暴く力だ」

「……核心?」

「運命ってのはな、都合よく美しいもんじゃねえ。借金も、嘘も、弱さも、全部含めて一本の糸だ。お前は、それを一気に引きずり出す。それでもなお繋がっているのが、お前の世界でいう"赤い糸"なんじゃねえか」

 クニは一歩近づき、僕の額に指を当てた。

「じゃあ……僕は、一生誰とも付き合えないんですか」

 喉の奥が詰まり、視界が滲む。

「それを何とかするのが、俺の仕事だろ。正直、ハードルはめちゃくちゃ高えがな」

「……え?」

 顔を上げた瞬間、クニがすぐ目の前に立っていた。距離が近い。僕はすでにこのクニが神様ということを信じていた。それほど、彼には俗世を超えた安寧を感じたからだ。神様のくせに、人の体温を感じそうなほど、奥底の温かさを感じる。

「縁叶神社の祭神は、縁を結ぶ神でもあり、縁を“管理する”神でもある」

 にやりと口角を上げる。

「お前みたいな厄介な人間を放置すると、俺の管轄が荒れる」

「そんな理由……」

「十分だろ」

 そう言って、クニは僕の顎に指をかけ、顔を上げさせた。逃げようとしたのに、身体が言うことを聞かない。

「いいか。今後、お前の恋愛は俺が管理する」

「か、管理……?」

「勝手に惚れるな。勝手に祈るな。勝手に縁を固定するな」

 漆黒の瞳が、真っ直ぐに僕を映す。

「どうしても誰かを好きになりたいなら――」

 一瞬、声が低くなる。

「俺を通せ」

 心臓が、大きく跳ねた。

「……それって」

「契約だ」

 クニは僕の手を取る。その手は意外なほど温かい。

「お前の『縁切り体質』を抑えて、運命の縁を結べたら、代わりにお前は俺の“眷属”になる」

「候補って……」

「眷属と言っても、人間としてこの祠を綺麗にするとか、俺ができない人間界での用事をこなしてもらうだけだ」

 楽しそうに、少しだけ意地悪く笑う。

「嫌なら帰れ。ただし次に好きになる相手は、もっと派手に落ちるぞ」

 それは、完全に脅しだった。その言葉と同時に、藤堂先輩の優しい笑顔を思い出して、僕は唇を噛む。ああやってご飯を食べながら笑い合って、人生を共に歩める人がいてほしい。僕に首を縦に振らないという選択肢はなかった。

「……分かった」

 そう答えた瞬間。

「よし」

 クニは、満足そうに頷いた。神様に管理される恋愛なんて、聞いたことがない。怖いはずなのに、ほんの少しだけ、期待する僕がいた。

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