第3話「擬似遺物・正式装備」
前線装備区画は、研究区画とは空気が違った。
白さは同じはずなのに、
ここには温度がない。
金属と光、そして規格でできた空間。
「次。前へ」
呼ばれて、一歩進む。
床に描かれた円の中央に立つと、
足元から淡い光が立ち上がった。
「氏名」
「……」
一瞬、言葉に詰まる。
「所属、鷺陣営。前線防衛部隊志願」
係員は、俺の顔を見ない。
端末に視線を落としたまま、続ける。
「擬似遺物・装備適合検査を開始します」
壁が開き、装置が現れる。
ブレスレット型。
人間の遺物を模して作られた、
擬似遺物(レプリカ)。
本物と比べれば、
形は単純で、光も弱い。
それでも――
見慣れたはずなのに、
胸の奥がざわついた。
「右腕を出してください」
言われるまま、腕を差し出す。
冷たい感触。
固定具が閉じ、レプリカが手首に嵌められる。
「起動します」
短い警告音。
次の瞬間、
体の内側をなぞられるような感覚が走った。
熱でも、痛みでもない。
**“接続された”**という感覚。
「……問題なし」
係員が淡々と言う。
「適合率、基準値内。正式装備とします」
それだけだ。
祝福も、哀悼も、何もない。
装備説明は簡潔だった。
「このレプリカは、補助型です」
「身体反応の補正、簡易防御、認識補助」
「単体では高出力は出ません」
「本物の遺物との共鳴は禁止」
最後の一文だけ、
少しだけ強く読まれた。
「――違反した場合、即時処分対象となります」
俺は、頷いた。
共鳴。
その言葉を聞くだけで、胸の奥が微かに疼く。
理由は、考えなかった。
装備を終え、通路を歩く。
腕の重さは変わらない。
それなのに、
何かを背負わされた感覚だけが残る。
「初装備か?」
前を歩いていた隊員が、振り返った。
「……はい」
「慣れるまで、気持ち悪いぞ」
軽い調子。
「でも、ないよりはマシだ」
そう言って、彼は先へ行く。
俺は、手首のレプリカを見る。
淡く光る表示。
安定稼働。
安全。
制御済み。
問題なし。
――本当に?
夜、居住区画で一人、レプリカを外す。
外した瞬間、体が少し軽くなる。
代わりに、胸が重くなる。
セツナも、
あの日、これに似たものを扱っていた。
擬似遺物。安全なはずだった。
管理されていたはずだった。
「……カラスが」
そう呟きかけて、言葉を止める。
レプリカの内側に、
細い傷があるのに気づいた。
最初からあったものか、
今日ついたものか、分からない。
だが、記録端末には表示されていない。
「……?」
ほんの一瞬、レプリカが微かに震えた。
すぐに、止まる。
錯覚だ。
そう思うことにした。
翌日、前線配属命令が下る。
鷺都市外縁部。
カラス陣営との接触が増えている区域。
「出撃は三日後」
「それまでに、装備に慣れろ」
命令は、短い。
俺は、
再びレプリカを腕に嵌める。
淡い光。
安定稼働。
安全な力。
――そう、教えられている。
だがなぜか、あの日の研究区画と、同じ感覚が胸をよぎった。共鳴の、直前のような。
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