第4話「黒翼は、個として降りてくる」
鷺都市外縁部は、静かだった。
都市の白は、ここで途切れる。
整えられた構造物は減り、
代わりに、遺物と擬似遺物で補強された防壁が続く。
「前線は初めてか」
隣を歩く隊員が、そう言った。
「……はい」
「なら覚えとけ」
彼は空を見上げる。
「カラスは、数じゃない」
その意味を、俺はすぐに思い知ることになる。
警戒警報が鳴ったのは、
日が傾き始めた頃だった。
「接触反応あり!」
「高度、急降下!」
空が、歪む。
――落ちてくる。
黒い影が、
撃ち落とされるのではなく、自ら降りてくる。
「散開!」
叫び声。
次の瞬間、地面が砕けた。
カラス兵が、一体。たった一体。
それだけで、前線の空気が変わる。
「速……っ!」
動きが、違う。遺物も、擬似遺物も使っていない。それなのに、身体能力だけで距離を詰めてくる。一撃で、鷺兵が吹き飛ばされる。
防壁が、意味を失う。
「迎撃!」
俺は、レプリカを起動した。
視界に補助情報が浮かぶ。
動体予測。衝突警告。
――間に合わない。
カラス兵の爪が、俺の視界を埋める。
その瞬間。レプリカが、勝手に反応した。
警告表示が、一瞬だけ消える。
代わりに、視界が澄んだ。
世界が、ゆっくり動く。
俺は、反射的に身を引いた。
爪が、紙一重で空を裂く。
「……今の」
次の瞬間、レプリカの表示が戻る。
《安定稼働》
まるで、何もなかったかのように。
戦闘は、短く、激しく終わった。
援護射撃が集中し、カラス兵は撤退した。
一体で侵入し、一体で去る。
「……化け物だな」
誰かが、そう言った。否定できなかった。
応急処置区画で、俺は腕を押さえながら座っていた。かすり傷。致命傷ではない。
「助かったな」
隊員が言う。
「レプリカ、うまく働いたんだろ」
俺は、曖昧に頷いた。
だが、胸の奥に、引っかかりが残る。
あの瞬間、確かに――
俺は、操作していなかった。
レプリカが、俺より先に動いた。
まるで、「そうすべきだ」と知っていたかのように。
夜。防壁の上で、一人、空を見る。
黒い雲の向こう。カラスの領域。
「……セツナ」
名前が、自然と口からこぼれた。
あの時も、
擬似遺物は“勝手に”反応した。
共鳴。禁止された現象。
だが今日、俺はそれに助けられた。
手首のレプリカが、微かに温かい。
気のせいだと、何度も言い聞かせる。
だが、確かに思ってしまった。
もしあの日、
俺が彼女の代わりにここに立っていたら。
その時、遠くの空で黒い影が旋回した。
こちらを――見ている。
俺は、視線を逸らさなかった。
復讐心か。恐怖か。分からない。
ただ、白い都市の中で育った俺は、初めて知った。この戦争は、都市と都市の争いじゃない。
個と個の、殺し合いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます