第3話 秩序の雪崩
雪は、もはや気象ではなく法則そのものになった。
最初に崩れたのは時間だった。
時計の針に雪が積もり、進む代わりに逆さへと滑り落ちる。
過去と未来が雪崩のように混ざり、
昨日生まれた子どもが老人となり、
数百年前に死んだ兵士が朝刊を買って帰ってきた。
次に崩れたのは重力だった。
人々の影が雪とともに天井へ落ちていく。
影だけが逆立ちし、持ち主の肉体から乖離して歩き出す。
街は「人間」と「人間の影」の二重の人混みであふれた。
さらに言葉が崩れた。
新聞は雪の粒に変わり、読むたびに溶けて消える。
「こんにちは」という挨拶は雪の結晶の形に変換され、
人々は互いに雪を投げ合って会話をするようになった。
しかし、雪は手の中で溶けてしまう。
だから会話は必ず途中で消え、最後の意味だけが取り残された。
やがて人々は気づいた。
雪は「無限の秩序」を与えるのではなく、
既存の秩序を一片ずつ奪い取っていく存在だと。
街路樹は雪に吸い込まれ、代わりに「氷の言葉」が枝のように生えてきた。
海は雪の紙片に変わり、風に飛ばされては大陸を覆った。
太陽は巨大な雪玉となり、空から吊るされている。
しかし熱は失われず、雪は燃えながら降り積もる。
そして最後に、雪は「自己」と「他者」の境界を崩した。
私は私ではなく、隣人の中に散らばり、
隣人は私の中に降り積もり、
誰が誰かを区別することができなくなった。
全員が「私」として話し、
全員が「あなた」として応えた。
そのとき、世界は静止した。
あらゆる法則が雪に置き換わり、
ただ「降り積もる」という一つの動詞だけが、世界の基盤となった。
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