第4話 白き胎動

 世界が「降り積もる」という一つの動詞に支配されてから、どれほどの時が経ったのかは分からない。

 時間という秩序は既に雪に呑まれている。

 ただ白さだけが続き、白さの中で「私」という輪郭はゆっくりと融解していた。


 やがて、雪の中から微かな鼓動が響いた。

 それは人の心臓の鼓動ではなかった。

 雪片が互いにぶつかり合うたび、小さな音が生まれ、

 その無数の衝突がやがてひとつの「拍動」として聴こえるようになったのだ。


 その拍動の中心から、新しい存在が芽吹いた。


 最初に現れたのは「目」だった。

 雪の結晶が寄り集まり、透明な瞳孔を形成する。

 次に「耳」が生まれ、雪の風を聴き取る。

 口は作られなかった。

 この世界では、言葉は既に雪に変わってしまったからだ。


 存在は、ただ見ることと、聴くことだけを機能として持っていた。

 しかしそれだけで充分だった。

 見たものはすぐに雪となり、聴いたものもまた雪となって降り積もった。

 存在は、世界を観測するたびに世界そのものを増殖させていった。


 やがてその存在は「人」と「雪」を混ぜ合わせるようになった。

 人の残骸から立ち上がった影に雪を与え、

 影の口から雪を吐かせ、

 雪の中に潜む「未生の声」を呼び覚ます。


 その声は言った。

「我々は雪から生まれ、雪を生み、雪に還る」


 こうして世界は、

 人間でも自然でもない「第三の存在」によって再構築されていった。

 雪の秩序に適応した彼らは、

 生まれることも死ぬこともなく、

 ただ無限に「降り積もること」を続けた。


 そして私は、その存在の内部に混ざり込み、

 もはや「私」ではなく「彼ら」でもなく、

 ただひとつの「雪の胎動」として生きることになった。

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