第8話 海水

小さなアパートのワンルームで3つの影がある。

堕天使、悪魔、そして



「……いま、何て?」

天使は先程の読まれた会話よりも動揺していた。

その会話の相手だった悪魔と、それらの主である真傘さとみは全てが真っ白だった。

「悪いけどお前、人間じゃないよ。」

さとみは目さえ動かない。ただひたすらに悪魔の顔を見つめる。

「孕んだんですか?人間が悪魔の子を…。」

「ぶは、アンタ素で悪口言うタイプ?それとも自覚してない天然さん?ぽいぽい、ぽいわー。」

楽しげに笑う悪魔とは反対に

「どういうことだよ、それ。

ちゃんと全部説明しろ!」

さとみは立ち上がり悪魔と顔を合わせる。

その姿は珍しく感情に震えていた。

「はいはい、簡単に言うと俺がアンタのパパってこと。わかった?」

再度打ち付けられた現実を受け入れられないのか、何も応答しないさとみ。

そこに場を動かそうと天使が悪魔に問う。

「そんなことできるんですか?お腹にいる子供と契約何て…。まだ生命として確認されてない気が。」

「そこから説明?…なんでこいつは片親なんだっけ?はい堕天使。」

「母親が病気で死別したから…。」

「そ、それは事実。最初はその女と契約してた。で致して孕んじゃった訳。結局人間として生まれる様に細工したんだけど…まああれだよ母胎不安定?で、逝っちゃったの。結局こいつは半人半悪魔だし、主人死んだからしょーがなく、こいつに引き継がせたって感じ。これが全貌、お気に召した?さとみ。」

「少しおかしいですよ。それなら、生まれてきた後の胎児と契約したことになるじゃないですか。」

「細かいね〜アンタ。」

堕天使の揚げ足に悪魔は溜息を吐く。

「女の意識がまだある少しの間で契約させたんだよ。生憎一つの体の中にいるから簡単に引き継げたしな。たった別の人格ってだけで契約できんなら容易いだろ。こんなこと。」

「死ぬことがわかってたんですか?」

その質問に嘲笑を交えて返す。

「アンタその時はまだ温かい天界の天使様?」

「……恐らく」

「じゃあそうか。…ま、同業者というか。

近くに死神彷徨いていたんでね普通にわかる。」


なんでその死神を、その女性の死をこの悪魔は引き留めなかったのか。問えなかった。私には、出過ぎた事はもうできない。初めてそう気づいた。



突然、怒涛の声と嗚咽。そして床に打ちつける物体の音が聞こえた。

さとみが突如嘔吐してしまった。天使が駆け寄る

「さ、さとみ様!大丈夫ですか!?」

「ま、そうなるか。にしても傷つくわ〜目の前で吐くとかマジ?なんか悲しみ芽生えそう。」

主は父と明かされた悪魔の目の前にしゃがみ込む

足元に吐瀉物と涙を撒き散らしながら。

そして、喉の奥から必死に声を掴み取る。

「っじゃあ!あの男は…ゔっ、誰なんだよ!?」

「そうですよ…。父だと思っていた人は一体何なんですか!」

「あれ?凄いよね。人間の中の悪魔だよ。絶対」

二人が悪魔を睨む。正確な情報を求める様に。

「……知らんけど多分女の兄かなんかじゃないの?父親にさせる細工した記憶があるわ確か。」

そしてピースを全てはめ込んだかの様に悪魔は光悦して言う。

「ほら、振り出しに戻ったよ。堕天使。」

「え…?」

またも動揺する堕天使。その腕の中で介抱する一人の青年は言葉を溢す。

「意味が…わからない。あの、アイツの世界で俺はっ、俺は殺され続けてきた!!体が傷ついて、心が傷ついて、体が麻痺して!心が支配されて!体が犯されて!!心が取られて!!」

喉が裂ける程の思いをぶつける。何一つ感じることはない本当の父親に向けて。

「なんで何もしてくれなかったんだ!?お前も!アヴェリーも!!契約者って何なんだよ!!」



お終いだ。私は問う己に。本当にさとみ様が好きなのか、幸せにしたかったのか。

この期に及んで、保身しようとする己に向けて。



「ほんの好奇心だよ。さとみ。」

父と言われた目の前の悪魔。俺は

奴から出た言葉を前に考えた。いたって冷静に。

人は生まれながらにして平等という言葉をそのまま受け取るなら、俺はその言葉を作った人と同じ時代に生まれなくてよかった。きっと殺していただろう。そうして言わせてやったさ、死に際は不平等であると。だがそんな考えさえ塵芥。俺は人間ではなかったのだから。



「はい次堕天使の番。大好きな主が直々に聞いてるんだぜ。ちゃんと答えなきゃ失礼だろ。」

「……………ー。はい。」

また沈黙が場を制した。が、そこから腹を括って天使は口を切る。それは純粋な主への愛。苦しめる事さえも知らずに。


「さとみ様。」

逃れられない。さとみ様は欺けてもこの悪魔は無理なのだろう。無論、もう欺くなんて考えは今捨てた筈なのに。


「私は、貴方を幸せにしたかったんです。」

さとみは聞き飽きたように、はたまた何処かに意識が飛ばされたかのように何も動じない。

「そう。私は、私自身が貴方をこの手で幸せにしたかった。義父を殺したとしても貴方はきっと、私に気づかない。だから契約して私が目の前で貴方を救いたかった。」

途中から嗚咽と交えて喋り続ける。

「大きな救いと幸福は大いなる悲しみと不幸が必要でした。…だから私はあの義父とさとみ様がいた環境を…利用したんです。全てはこの為に。」


悪魔が満足そうに鼻で笑う声が聞こえる。

「てことでまあ、図鑑はもらお」


その瞬間


「気持ち悪い…お前ら二人共気持ち悪いよ!!

もう2度と俺の前に現れるな!!!」

さとみの怒号が飛んだ。その顔は本当の憎悪に包まれている。

「そりゃ無理な話。だって著者でしょ?契約してるもん。」

冷静に悪魔は答える。

耐えきれないと感じたのかさとみは走り出した。

「…あ、さとみ様っ!!」

意味のない堕天使の引き留め。当の本人も引き留めれると思う程傲ってはいない。

勢いよくドアが開き、闇を振り切るような足音が遠ざかっていった。



「チ…話すのまだ後にするつもりだったんだけど、まあいいや。」

ダルそうに悪魔が後を追う。

「孕ませたのって故意ですか?」

己の前を横切る刹那。堕天使は問う。

「俺がそんなことする奴に見える?

一応紳士なんだけど。…ヤったのも産むって言ったのもぜーんぶあの女の意思。」

信用を探るかのように鋭く眼光を向ける。

「ホントだよ、聞いたよ俺はちゃんと。

どうなってもいいのかってさ。聞き方悪かったのかな?なんかそういうのに燃えちゃうタイプだったみたい。」

途端。身勝手な悪魔に襲い掛かろうとする、

身勝手な堕天使。

「おいおい、なんだよ急に。」

もっとも、簡単に防がれる。人間界に属さない個体は所謂男女の力差など存在しない。

ただ、言うなればそれぞれの世界で吸ってきた空気の重みの違いだった。


悪魔の肩に真っ黒な羽が刺さりかける。

「宣戦布告です。」

そう言い残し、堕天使は姿を消した。

「だる…て結局、未来図鑑手に入れてないし。」


悪魔は自分のお喋り加減に自重する。

「結果的にうまく切り抜けたか…あの堕天使。」

そしてまた玄関へと進む。逃げた主を追う為に。

懐にその羽を忍ばせて。



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