第19話

 巨大リスの奇襲によって森の恐ろしさを痛感させられてしばらく。

 服の裾を引っ張られて振り向くと、離れているはずの佐藤さんが声を潜めて話しかけてきた。


「ね、あれ」


 あれ、と佐藤さんが指差す方を見ると、少し離れたところになんか変な木があった。木は木なのだが、どうにも周囲から浮いているというか……。


「森の妖精か」

「だよね」


 枯れ木のジジイが葉っぱのローブを纏ったような姿。森の妖精だ。

 ゲームでの特徴といえば、なんと言っても薬草を使って回復してくる点にある。といってもそれが脅威というわけではなく、ただ戦闘時間が長引いて面倒なだけなのだが。

 この森に来た目的はこの森の妖精を狩ってドロップアイテムである薬草を集めることなので、当然見逃すわけにはいかない。


「なんかじっとしてるけど、こっちに気付いてないのかな」


 佐藤さんの言う通り、森の妖精はただじっと佇んでいる。あまり好戦的ではない魔物なのか、それともこちらに気付いていないだけなのか。遠目からでは判断がつかない。


「とりあえず初見だし普通に戦うか。俺が行くから警戒頼んだ」

「はーい」


 佐藤さんにはリスの奇襲に備えて周囲を警戒してもらい、俺は森の妖精の元へゆっくり歩いて近付く。

 しかしゆっくり歩くとはいっても不慣れな森の中なので、どうしても足音は立ててしまう。それが聞こえたからなのか、十メートルほどの距離まで近付いたところで森の妖精に反応があった。

 ただの枯れ木と見紛うほど微動だにしなかった森の妖精が、思ったより素早い動きでこちらを向いた。

 こうなってはもうゆっくり近付く意味も無い。一息で駆け寄り、思いっきりぶん殴ってみた。


「ふんッ!」


 バキャッという乾いた音と軽い感触。まさしく枯れ木そのもので、森の妖精は思ったより遠くにぶっ飛んでいき、木に激突して地面に力なく横たわった。


「……なんか罪悪感あるな」


 これまでのモンスターはあちらから襲撃してきたので何も考えず返り討ちにしていたが、この森の妖精はただそこにいただけ。しかも見た目が弱々しい枯れ木のジジイだ。いきなり駆け寄ってぶん殴るのは、少々道徳的に良くない光景かもしれない。

 木の傍で倒れ伏しているのは、何とも…………消えていない?


「しまった……っ!」


 森の妖精が消えていないことに気付いた瞬間、森の妖精は体に生えている葉っぱを一枚ちぎり、そのまま口の中へ運んだ。薬草を使われてしまった。

 仕方なく今度こそきっちりトドメを刺そうとすると、後ろからガサガサと大きい音が聞こえてきた。


「リスー! 二匹!」


 振り向けば佐藤さんが二匹のリスに襲い掛かられている。

 森の妖精は後回しにしてまずは佐藤さんを助けに行こうとすると、背後から何かが走ってくる音が聞こえる。


「ああもう、くそっ……!」


 薬草で息を吹き返した森の妖精が、背を向けていた俺に襲い掛かってきている。先にこっちを対処するしかない。

 細い枯れ枝の腕を振り回してきたので腕でガードする。やはり軽い攻撃なのだが痛いものは痛い。まさに枯れた木の棒でぶん殴られた感じだ。

 今度はぶっ飛ばして距離を空けないように、両手で森の妖精をしっかり掴んで大きく持ち上げ、勢いよく地面に叩きつけた。


「ぬおりゃ!」


 バキバキと枝がへし折れる感触からこれだけで倒せたとは思うが、念のため間髪入れずに一発踏み付けて確実にトドメを刺す。そして素早く身を翻して佐藤さんの救援に向かう。


「やぁっ! 痛っ! この……」


 佐藤さんはリスを蹴り上げたところで、背後から攻撃を受けたようだった。やはり不意打ちを受けた上に相手の数が多いと、どうしても翻弄されてしまう。


「こっち引き受けた!」

「あっ、ありがとー!」


 佐藤さんが蹴り飛ばしたリスが近かったので、俺はこちらを相手することに。

 とはいってもこいつはダメージを負っているので、あと一発も殴ればそれで終わる……と思ったら素早く木に登って攻撃が届かなくなってしまった。


「……おい、卑怯だぞ」


 そのまま逃げていくならそれはそれで構わないんだが、リスは木の枝の上からこっちを見下ろして様子を窺っている。これでは睨み合いを続けるしかない。

 いや、もう隙を晒して攻撃を誘うか。チンタラやって増援が来たらいよいよ大変になる。

 リスに背を向けて佐藤さんの様子を窺うと、佐藤さんも上を見上げて途方に暮れていた。あれはひょっとしてこっちと同じ状況になっているのか。

 これは方針を見直す必要があるかもしれない。そんな事を考えていると、早速後ろで何かが動く気配があった。


「っ、掛かったな! オラァ!」


 慌てて振り向くとリスが飛び降りてきたところだったので、そのまま拳で迎撃。リスは上に吹っ飛びながら消え去った。

 次にインベントリから石を手に出して、佐藤さんの頭上にいるリス目掛けて投げつける。残念ながら外れてしまったが、構わず続けて投げていると三発目でビシッと直撃。リスはバランスを崩して落下した。


「やあっ!」


 落ちてきたリスを佐藤さんが蹴り飛ばしてこっちも消滅。無事に戦闘が終了した。


「お疲れ」

「お疲れさまー。……いや、ほんとに疲れたかも」

「ちょっと森での戦闘をナメてたな。見晴らしの良い草原とは勝手が違いすぎる」

「ね。特にリスは一発で倒せないと木の上に逃げるっぽいから、私は…………何か来たね」


 確かに何か来た。この大きい足音、このリズム……これは大根か。

 面倒だが不意打ちをしてくる上にちょこまか逃げるリスよりはまだマシだろう。そう思って音のする方を向いて迎え撃つ心構えをする。


「来た、やっぱり大根だ」


 大根は木々の隙間を縫うようにして、ビヨンビヨンと器用に飛び跳ねて近付いてくる。

 初見では大いに戸惑って翻弄されてしまったが、さすがにもう慣れたもの。上手くタイミングを合わせてパンチを繰り出す。

 しかし大根は跳躍する距離を短くして俺の攻撃を回避し、次に俺を飛び越えて背後に回り込んできた。

 もちろんその攻撃パターンは把握している。振り返って迎撃を――と思った瞬間に頭をぶん殴られた。


「ぐあっ! え? あれ? タイミング取り間違えたか……!?」


 さすがにグラッと来たが慌てず冷静に周囲を見回すと、大根は佐藤さんの周りを飛び跳ねていた。

 佐藤さんもしっかりタイミングを合わせて大根に攻撃をするが、大根はそれを躱して佐藤さんの背後に跳び、次に地面ではなく木を蹴って佐藤さんの頭にドロップキックをお見舞いした。


「痛ぁ! ええ!? なんでえ!」

「木を使ってタイミングを早くしてたのか……!」


 誘いの攻撃を空振りして背後に回らせてから迎撃する、という対大根の必勝パターンが森では使えないのか。まさか大根があんな三次元的な機動をしてくるとは。

 次に大根は俺の方に向かってきたので、今度はしっかり仕留めなければ。このまま攻撃を受け続けると殺されてしまう。

 ビヨンビヨンと飛び跳ねて、あと少しというところで俺の攻撃を誘い、それを躱して背後に回って――


「ここだ!」


 早く来るとわかっていればギリギリ間に合わなくもない。振り向きながら打った右フックが大根を捉えた。

 手応えは十分だったが一発では仕留めきれなかったか、と思ったが大根はちょうど佐藤さんの方に飛ばされていった。

 佐藤さんはぶっ飛ばされてきた大根を右ストレートで打ち落とし、無事大根にトドメを刺せたようだ。


「よし、今度こそお疲れー」

「お疲れ様ー」


 心なしか重い足取りで近寄ってペチンとハイタッチ。良い感じに連携して倒せた満足感はあるが、さすがに気分は優れない。


「大根の動き、見た?」

「うん、木を使ってタイミングをズラしてたんだね。私じゃちょっと間に合わないかも」

「……森、ヤバいな」

「だね。私がリスを一発で倒せない内は駄目だと思う」

「木の上に避難されるもんな。……よし、引き返すか。今ならすぐ戻れる」

「うん、ごめんね。私、足引っ張っちゃってる」


 佐藤さんは目に見えて落ち込んでしまっているようだ。確かに佐藤さんがリスを一発で仕留められればかなり楽になるが、それは言っても仕方のないことだろう。


「何言ってるんだ。ここまでトントン拍子に進みすぎてたからな。ちょっと苦戦するぐらいの方が面白いってもんよ」

「す、鈴木くんっ……!」

「それに敵が強くて苦戦するのは、食糧と水が無くて苦しむのに比べたら何てことないしな」

「あ、それはそうかも」


 とにかく一旦、草原に引き返すことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る