第20話

「不慣れな森を突き進むには、ちょっとレベルが足りなかったな」

「うん。ゲームだともう十分なステータスなはずなんだけど、実際に自分でやると全然違ったね」

「あと防具な。未だに何も装備してない状態だし」

「あー」


 森から抜け出した俺たちは、草原で焚火を挟んで向かい合ってジャガイモを焼きながら反省会を行っていた。

 要因は様々だが、とにかく結論としてはまだ早い、というものだった。


「で、森が駄目となると他に何をするかだけど」

「ゲームだとここから北に行けば大きい街があるね。サウイン王国」

「サウインなあ。今はどうなってるんだろうな」


 ゲームで最初に立ち寄る牧歌的な村が、臨戦態勢バリバリの要塞のような村になっていたんだ。大きい街がゲームのまま普通に出入りできる状態だと考えるのは少し楽観的すぎるかもしれない。


「そこに行くには山を越えないと駄目なんだけどね」

「……山?」

「うん、山。通れる低い山がいっぱいあるんだよ」


 2DワールドマップがあるタイプのRPGゲームには大抵、通行が不可能な聳え立つ巨峰と、通行が可能な小さい丘のような山がある。それのことか。


「山……山越えかあ……」

「ゲーム的には森と同じで、エンカウント率がちょっと増えるだけなんだけど」

「その森があれだもんな。山も舐めてかかると大変な目に遭うかもしれん」

「だよねえ」


 これは困った。

 焼きあがったジャガイモをモサモサと食べながら佐藤さんと顔を見合わせると、佐藤さんも露骨に困った顔をしている。


「なあ佐藤さん。現状先に進めないということは、レベルが十分上がるまではここら辺に留まり続けることに……」

「ううっ、嫌な事言わないで……んぐ! ん、んんー! んぐっ……はあ、はあ……」


 佐藤さんはジャガイモを喉に詰まらせたのか少しの間苦しそうに悶えたが、どうにか飲み込めたようだ。


「だ、大丈夫か?」

「はあ、はあ……うん、大丈夫。でも、水欲しいかも……」

「水か。近くにある村の下流の川か、遠くにある綺麗な湧き水か」

「ううっ……」


 飢えと脱水による命の危険は無くなったが、やはりまだ生活基盤が整っていない。水筒やら鍋やら、必要な生活雑貨が多すぎる。


「よし、村に行くか」

「えっ? でも村って危ないんじゃ」

「ああ。だから<気配遮断>だ。侵入して……盗む」

「す、鈴木くん……!?」


 佐藤さんは驚愕に目を見開いているが、これしかないんだ。

 到底先に進めないし、無為にこの辺りに留まり続けるのも辛い。ならばもうこの場にあるもので事態の解決を図るしかない。

 あの村に対して何をしても良心の呵責に苛まれることは無いだろうから、欲しい物を盗めるだけ盗んでやるという気持ちだ。

 それにそもそもの話、俺たちはこの世界を消滅させるために頑張らされているんだし、あまり細かいことを気にしても仕方ない。


「囲まれて滅多刺しにされた恨みがあるからな。鍋ぐらいは拝借させてもらわないと」

「で、でも……」

「それにゲームでは街や村のアイテムは片っ端から頂いていくものだし」

「そうだけど、もし見つかったら」

「それはまあ死ぬだろうけど」

「っ……うん、わかった。決行は一回戻ってから?」


 当然夜陰に乗じて忍び込むので、佐藤さんの言う通り一回戻ってから、再びこっちに来てすぐ侵入する流れになる。

 しかし佐藤さんも何やら神妙に覚悟を決めているように見えるが、何か勘違いをしていないだろうか。


「だから俺が村に行ってる間、佐藤さんは湧き水の辺りで待っててもらいたいんだけど」

「えっ!? 鈴木くんだけで行くつもりなの!? わ、私だって……」

「いや、俺が捕まっても殺されるだけだろうけど、佐藤さんは若くて可愛い女の子で、おまけに……」

「えっ? あっ……」


 口には出さなかったが、じっと見てしまったことで佐藤さんも気付いたようだ。

 何というか、まあ……端的に言ってしまえば、あんな殺気立った村で佐藤さんのようなデカパイ美少女が囚われの身になってしまえば、どう考えてもロクな事にはならない。


「じゃあ、捕まりそうになったらすぐ自殺すれば」


 佐藤さんは気合が入りすぎているというか、覚悟が決まりすぎているというか。

 これは相棒である俺にとっては助かることなのだが、今回に関してはそれも無用だ。


「あと佐藤さんのピンク髪はどう考えても目立つ」

「あっ、うん。…………待ってる間、ジャガイモを植えておくね」


 いくら暗い夜だといっても、いや、暗い夜だからこそ明るい色が目立ってしまうだろう。佐藤さんには留守番してもらうしかない。

 その後は恒例となったジャガイモの種集め兼レベル上げをして、暗くなってきた辺りでこれも恒例のジャガイモ焼きパーティーと洒落込む。


「お肉欲しいね……それか卵……お魚……」

「ちょっと栄養バランスが酷すぎるからな。それも……あっ、お、俺はここまでみたいだ。後のことは……」

「え? あっ、す、鈴木くん! 嫌だよ、私を置いていかないで!」

「元気でな……実は俺、佐藤さんのことをずっと――」

「嫌ああああああっ!」


 夜の草原で意識を失ったと思ったら、一瞬で朝の自室に視界が切り替わった。

 おまけについさっきまでシャキッと起きて普通に話をしていたのに、急に寝起きのぼんやりした頭になる。これは何度やっても慣れない。


「佐藤さんはノリが良いし瞬発力も抜群だな……」


 別れ際の迫真の演技を思い出しながらリビングへ。

 今日は休みなのでこんな早い時間には誰もいないし、今までの俺も休日は律儀に起きて朝食を食べることは滅多に無かった。

 しかし今の俺はとにかく味の付いた何かが欲しくて仕方ない。適当にインスタントラーメンでいいか。


「とにかく鍋だ。鍋を盗んで芋を茹でるんだ……塩があればそれも根こそぎいただいてやる……!」


 お湯を沸かすべく手鍋を取り出すが、あのエタファン世界にこれを持ち込みたくて仕方ない。枕元に置いたまま寝たらインベントリに入っていたりしないだろうか。


「おにーちゃん、泥棒は駄目だよ。よしんば何かを盗むにしても、もうちょっとマシな物盗もう?」

「鍋なんか盗む以外に手に入れる方法が無いんだから仕方ないだろう」

「今その手に持ってる物は何なの」

「鍋だ」


 ……ん? 寝惚けていて普通に返事をしてしまったが、美子じゃないか。

 休みの日はいつも昼過ぎまで寝こけているくせに、何故今日はこんな朝早くに起きて俺の独り言をバッチリ聞いてしまうんだ。

 まあいい、今はそれよりラーメンだ。棚にあるのは醤油味と味噌味だが……これはどっちでもいいな。バッキバキに味が濃いのはどちらも同じだ。汁まで飲み干してやるぜ。


「寝起きでいきなりラーメン? お兄ちゃんは元気だね……」


 美子は呆れたような目を向けながら二階に戻っていった。確かに目が覚めてきた今となっては我ながらどうかと思うが、塩分が欲しいんだから仕方ないだろう。体が、いや、心が塩を求めているんだ。


「これも早くどうにかしないとマズいな」


 ラーメンを啜りながら考えることではないかもしれないが、暴食と塩分過多が良くないことはわかっている。

 エタファン世界でたんぱく質と脂質。そして塩分。さらにそれらを調理する鍋やフライパンの類。あとは水筒と心穏やかに過ごせる拠点。

 これらを早く揃えないと、どんどんこっちの世界にしわ寄せが来てしまう。


 神妙な面持ちでラーメンを食べ終えて自室に戻ると、スマホに何かの通知が来ていた。

 確認すると佐藤さんからで、「今日暇?」と簡潔な内容のメッセージが入っている。


「この俺に対して何たる愚問。未だかつて暇じゃない休日など全く無かった男だぞ俺は」


 見栄を張っても仕方ないので、素直に暇と返信する。


「ん? 俺の家……?」


 佐藤さんが俺の家の場所を聞いてきている。何か直接話したいことがあるのだろうか。

 別に中間地点である学校の近くのいつもの公園に呼び出してくれてもいいのだが、まあこっちに来てくれるというのなら断る理由も無い。

 そこからしばらく製塩方法などを調べながら待っていると、佐藤さんから到着したとの連絡が入った。


「角の自転車屋……すぐそこまで来てるのか」


 無地のTシャツに中学の体育で使ったジャージのズボンという寝間着のまま、サンダルを履いてダラダラと外に出る。

 するとすぐに、初めて見る私服姿の佐藤さんを見つけた。少しガーリー目なゆるふわ女の子といった出で立ちだ。


「うーっす」

「あっ、鈴木くん。おはよー」

「おー、どうしたんだ一体」

「ふっふっふ……これを持ってきたんだよ」


 不敵に笑う佐藤さんがこれまた可愛らしい鞄から取り出したのは、携帯ゲーム機と付属のコード類だった。


「んん? ああ、エタファン3が入ってるのか」

「そう。序盤だけでもやっておいた方が良いと思って。鈴木くんは今晩大変だし、ちょっとでも知識があった方が良いかなって」

「あー、動画で見るのと自分でやるのとでは違うだろうしな。でも佐藤さんはいいのか? さすがにまだ終わってないだろ」

「私はもうすぐ終盤ってところかな。でもそんな所まで行けるのなんて、このペースだと多分一年はかかると思うから」


 サラッときついことを言われてしまったが、確かにまだ最初の村の周りをウロウロしてるだけだった。このペースだと一年でも相当甘い見積りだろう。

 まあ無理やり前向きに受け止めて、骨太な冒険をじっくり楽しめると考えることにしよう。

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