第18話

 今日も二十三時に就寝して合流した俺たちは、適当なところで焚火を熾してジャガイモを焼く。

 何個焼くかについての結論は、個数ではなく時間で決めることとなった。のんびりダラダラ焼いて、夜明けが近くなってきたら終わりという流れだ。

 暗い森で満足に視界が確保できる時間は限られており、明るい間は極力森の中で活動したい。なのでそれ以外の作業はそれ以外の時間に済ませるべきという考え方である。


 そして現在。まだ早朝という時間帯で完全に明るくなったとは言い難いが、一応森の中でも行動ができると判断した俺たちは、いよいよ森へ突入することとなった。

 なお、現在の職業は格闘家のレベル三。盗賊のレベルが十に上がって<気配遮断>を覚えたため、ついに本格的な戦闘職に就くことになった。


「よし、行くか。目標はリンの河原だ」

「うん。森の妖精と巨大リスに注意、だね」


 最終確認を終えて森へと足を踏み入れる。

 巨大リスは本来草原にも森にも出現する魔物だったはずだが、結局草原では一匹も見かけることはなかった。これはおそらくリスが森の生き物だからだろうと予想している。

 この世界を作った神は草原にも配置したが、リスが全部森に引っ込んだんじゃないか、という事だ。

 そして本命である森の妖精。妖精とは名ばかりの、枯れ木でできたジジイだ。枯れ木のような、ではなく本当に身体が枯れ木でできている。こいつがドロップする薬草を二百個集めることが森に入る主な目的だ。


 この二種類の魔物が初見になるため、どういう動きをしてくるのかは不明。細心の注意を払わなければならない。

 また、草原では基本的に横並びで少し距離を空けて歩いていたが、森ではそれが難しい。よって前に俺、後ろに佐藤さんという順で少し距離を空けた縦並びで進むことにした。


「これ、真っすぐ進めてるのかな?」

「……全然わからんな。進めてるような気もするけど、まあ多分逸れてるだろうな」


 とんでもない縮尺のワールドマップを参考に、リンの河原を目指して可能な限り直進しているつもりだが……さすがにそう上手くはいかないだろう。森に入って十分ほどで早くも方向感覚を失いつつあった。

 さらに食糧も万全とは言えず、水に至っては手持ちに全く無い。

 これでは遭難しに行ってるようなものだということは理解しているが、そのときは死んでスタート地点に戻るだけの話。

 死ぬのは本当に辛くて苦しいので極力死にたくはないのだが、リターンが大きいならリスクを負う価値はある。


 徹底的にリスクを回避するなら、ただひたすら草原でレベル上げを続ければいい。

 だがそれでは、辛くひもじい生活から抜け出すのにどれだけの時間が掛かるかわからない。現状を大きく改善するためには、結局どこかで前に踏み出さなければならないのだ。

 とはいえやっぱり死ぬのは嫌だからヤバそうになったら何とか草原に逃げ出そう、と早くも後ろ向きの思考になっていると、不意に頭上から微かな物音が聞こえてきた。


「ん? あっ」


 風で木の葉が揺れたのかと思いつつも一応視線を上に向けると、そこにはとてつもないサイズのリスがいた。

 木の枝の上にいたリスは、そのまま真下にいる俺へと目掛けて飛び降りてくる。咄嗟に横っ飛びで回避するが、木の根に足を取られて転倒し、その先にあった木に勢いよくぶつかってしまう。


「うおおっ!? あだっ」

「えっ? あっ、リス!」


 少し後ろを歩く佐藤さんは、リスの出した音が聞こえず姿も見えなかっただろう。佐藤さんから見ると俺が急に横に飛び出し、そこにリスが落ちてきたということになる。急な戦闘ではあるが、不意打ちにはなっていないので頑張ってもらいたいところだ。

 一方の俺はというと、木に頭をぶつけてしまってクラクラしているので一時小休止だ。この状態で戦闘に割り込んでも足手まといになる可能性が高い。


「痛ててて……。あークソ。やっぱ森なんか……ん?」


 少し離れた場所から佐藤さんとリスの戦いを見物していたのが幸いしてか、佐藤さんの頭上の木の枝にいるリスが見えた。これはマズい。


「上にもリス!」

「ッ! あっ、とっ、とっ、あだーっ!」


 俺の言葉を聞いた佐藤さんは、上を見て目の前のリスに隙を晒すようなことはせず、一旦後ろに飛び退いて不意打ちを避けようとする。が、足元の悪い森でそんな不用意なことをすれば当然足を取られ、なんとか粘ったものの最終的には木にぶつかってしまった。

 佐藤さんと相対していた最初のリスはそのまま佐藤さんを追ったが、これは佐藤さんを信じて見逃すことにする。追いつくまでに立ち上がって体勢を整えられるだろう。俺の相手は上にいるリスだ。


「…………」


 降りてきたところをぶっ叩いてやろうと思っているのだが、リスはじっと動かない。有利なポジションを無駄に捨てるつもりは無いということだろうか。


「うーむ……」


 リスがいる枝は、頭上五メートルほどの高さにある。この世界でいくら身体能力が上がっているとはいえ、さすがにまだあの高さまで跳び上がるのは難しい。

 巨大リスの体高は五十センチほどありそうに見える。体重はおそらく二十~三十kgといったところか。リスとしては馬鹿でかいサイズだが、動物としてはそこまで大きいというわけではない。


 とりあえず石でも投げつけてやるか、それとも佐藤さんがあっちのリスを倒して合流してくるのを待つか。

 そんな事を考えながら睨み合っていると、俺のすぐ後ろから何かの足音が聞こえた。


「まっ! たっ! かよ!」


 慌てて前方に跳びながら振り向くと、そこにはやはり巨大なリスの姿があった。

 なんとか奇襲は回避できたと安心したのも束の間、今度は上にいたリスが頭上から飛び降りてくる。しかしさすがに上のリスを意識から外してはいない。拳を振り上げて迎撃する。


「ウラァ! そんなもんくらうか!」


 打ち上げられたリスは、木の枝をバキバキと降りながら消え去った。どうやらしっかり力を込めて殴れば一発で倒せる相手らしい。

 そして間髪入れず、隙だらけの体勢の俺に残ったリスが攻撃を仕掛けてくるが、こちらは下段の廻し蹴りで迎撃。蹴飛ばされたリスは木にぶつかって消滅した。


「ふーっ……」

「おつかれー」

「ああ、そっちも終わってたか」

「うん。格闘家はやっぱ強いね」


 エタファン3で武器を装備できない格闘家はシステム上、攻撃力に大きなハンデを背負うことになる。それを補うためなのか、格闘家の力の基礎値は全職業で最も高く設定されていた。

 武器など何も持っていない俺たちにとっては、最も強くなれる職業と言っても過言ではないだろう。


「ただ、敵が弱いのは良いけど森が厄介だな。草原とは勝手が違いすぎる」

「うん。あと足音が出ちゃうからやっぱり奇襲もされるね。<気配遮断>も使えないし……」

「音を立てると<気配遮断>が切れるって仕様は酷いよな。その音をどうにかしてほしいのに」


 これまで俺たちは、地面がなだらかで遮蔽物の無い草原だけで魔物と戦ってきた。日数こそ少ないものの、一日二十四時間ずっと臨戦状態という過酷な経験を経て、草原での戦い方について少しは熟達してきたと自負している。

 しかしこの森というロケーションは、その経験が全く通用しない場所だった。

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