第5話
ステージ袖は、やけに静かだった。
暗転した会場の向こうから、ざわざわと人の気配だけが伝わってくる。
本当に、客席は埋まっているんだろうか。
もし、ブーイングが飛んだら。
もし、誰も私の名前を呼ばなかったら。
マイクを握る手が、少し震えていた。
疑惑は、完全に消えたわけじゃない。
週刊誌に否定記事を出したけれど、世間の空気は曖昧なままだ。
——それでも、私はステージに立つ。
照明が点いた。
一瞬、目が眩んだ。
次の瞬間、耳が壊れそうになるほどの歓声が押し寄せてきた。
「ルナー!!!」
私の名前。
それが、確かに聞こえた。
思わず、息を吸い込む。
客席は、思っていたよりずっと埋まっていた。
私のメンバーカラーの水色のサイリウムが、海みたいに揺れている。
信じられなかった。
——どうして?
疑われたのは、私だ。
信じられなくなっても、おかしくないのに。
音楽が流れ出す。
身体が、少し遅れて動き始める。
声が、わずかに震えた。
それでも、歌っているうちに気づく。
誰も、私を試すような目で見ていない。
ただ、まっすぐこちらを見ている。
サビに入る前、客席のあちこちから、歌声が聞こえた。
——歌ってる。
私と一緒に。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。
私は、何も言っていない。
説明も、弁明もしていない。
それでも、応援はそこにあった。
曲が終わった瞬間、割れんばかりの拍手が起きる。
「ドルヲタたるもの——」
客席の奥から声が上がった。
「推しが一番つらい時こそ、推すもんだろ!」
笑いと拍手が起きる。
胸の奥が、熱くなった。
視界が滲んだ。
——ああ。
これが、応援されるってことなんだ。
正しさを証明できなくても。
未来が保証されていなくても。
それでも、誰かが信じて、声を出してくれる。
私は、涙をこらえながら歌った。
今までで、一番必死に。
最後の曲が終わったとき、身体は限界だった。
でも、心は不思議と軽かった。
ステージを降りる直前、客席からまた声が上がる。
「ルナ、ありがとう!!」
——違う。
ありがとう、は私のほうだ。
袖に戻りながら、私は思い出していた。
拡声器を握って、声を枯らしていた美咲の背中とあの言葉。
「一緒に戦ってる」
応援は、結果を変える魔法じゃない。
傷つかない約束でもない。
でも、立ち上がる力を、確かにくれる。
私は、次に行くべき場所を、もう分かっていた。
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