第4話
カラオケの個室は、思ったよりも狭かった。
スタジアムのあとの静けさが、余計に息苦しい。
美咲は、コーラの入ったグラスを握っていた。
癖なのか、何も入っていない画面を見つめたまま、しばらく黙っている。
「……元気そうだね」
先にそう言ったのは、美咲だった。
私は、曖昧にうなずく。
「お仕事、どう?」
「今は……止まってる」
「そっか……」
美咲はそれ以上、聞いてこなかった。
その沈黙が、ありがたくもあり、少しだけ痛かった。
「ねえ、美咲」
「なに?」
「どうして、そこまで応援できるの?」
美咲が、こちらを見る。
「結局さ、試合するのは選手でしょ? 私たちは、ただ見てるだけじゃん」
言葉が、止まらなくなった。
「勝てば嬉しくて、負ければ落ち込んで。結果に一喜一憂して……虚しくならない?」
美咲は、少しだけ目を伏せた。
でも、すぐに顔を上げる。
「……私たちは、ただ見てるんじゃない」
その声は、静かだった。
「一緒に、戦ってる」
私は思わず笑ってしまった。
「戦ってる? 何それ? 選手が走るのも、蹴るのも、私たちじゃないでしょ」
美咲は、首を横に振る。
「違う」
美咲の目が、まっすぐ私を射抜く。
「私たちの声で、選手がコンマ何秒でも速く走れるかもしれない。数ミリでも、ボールに足を伸ばせるかもしれない。相手のキッカーが、ほんの少し軸足をずらすかもしれない」
私は、何も言えなかった。
「だから、私は叫ぶ。一緒に戦ってるって、信じてるから」
少し間を置いて、美咲は続けた。
「……ルナなら、分かるはずだよ」
その一言が、胸に刺さった。
分かるはず。
分かっていたはず。
私は、グラスを置いて立ち上がった。
「……そんなの、ただの自己満足でしょ」
声が、思ったより強くなった。
「信じた分だけ、裏切られる。私は、もう——」
言葉が、続かなかった。
あの日の等々力が、SNSの罵詈雑言が頭をよぎる。
「……ごめん」
それだけ言って、私は部屋を出た。
廊下の蛍光灯がやけに眩しい。
扉の向こうで、美咲が何か言った気がした。
でも、私は振り返らなかった。
応援に意味があるなんて、認めてしまったら、また、あの痛みを引き受けることになる。
それが、怖かった。
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