5. 終幕

空が白み始めた頃、青年は少しだけ憑き物が落ちたような顔をして立ち上がった。 「ありがとう。……家に、帰ってみるよ」 「ああ、そうしろ」


彼は歩き出し、振り返って言った。 「あんたみたいな人が、本当の探偵なんじゃないかな」


その言葉だけで、俺の胸に刺さっていた氷の欠片が、少しだけ溶けた気がした。


俺は事務所に戻る。 依頼料はゼロだ。名声もゼロ。世間的に見れば、俺は昨晩何もしていない。 それでも、俺は自分のデスクに座り、埃を払った。


名探偵たちが空を飛び交い、光の速さで事件を解決していくこの世界で、俺は地べたを這いつくばろう。 彼らが見落とす、小さな破片(かけら)を拾うために。 解決されないまま置き去りにされた、人の心という名の迷宮を彷徨うために。


「さて」 俺は誰にともなく呟き、新しい一日を始めた。 電話は鳴らない。だが、それでいい。

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真昼の星、あるいは泥濘(ぬかるみ)について Algo Lighter アルゴライター @Algo_Lighter

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