ケース② コガネイユウキ


 この体験談は、私がまだこの仕事を始めたばかりの頃に起こった出来事です。


 随分と前の出来事ですが、廃業を機に、供養になればと思い、送らせて頂きます。





 ◇ ◇ ◇ ◇




 2009年ごろの話だ。


 あの日は霧が立ち込めるような朝だった。


 これまで働いていた営業職に限界を感じ、30手前での転職をした、初勤務の日。


 地元のO市からは離れず、新しい勤務先は隣の区。


 探偵業だ。正直、その仕事に対してはドラマや小説のようなハードボイルドなイメージがありました。


 難事件に挑み事件解決に助力をしたり、犯罪シンジケートの壊滅の手掛かりを掴む──だとか。


 けれど実際はもっと泥臭く、実情を聞かされたときには、イメージとの乖離から、雑用とさえ思った程だ。


 それでも腐らずにやろうと思えたのは、雇い主である向田むこうだ所長に人として惹かれたからだった。


 向田探偵事務所──


 いわゆる私立探偵で、街角の雑居ビルにぽつんと構える小さな事務所だ。


 とはいえその実績はお墨つきで、事業年数も長い。市外からの依頼人も来るほどなので、クチコミは上々ということなのだろう。



 事務所についてまず最初に、熱いコーヒーを啜る向田さんと挨拶を済ませた。

 

「小金井祐貴です。今日からお願いします」


「おはよう小金井くん、ちゃんと来てくれて良かった。そんなに畏まった格好じゃなくてもいいのに」


 リラックスさせようと、向田さんはそんな言葉を投げ掛けてくれた。


 その後、向田さんからインスタントのコーヒーを注いでもらい、互いにホットコーヒーを飲みながら業務の流れを確認していった。


 ブラインドから差し込む陽光に照らされて、向田さんの白髪がちらつくのを少し気にしながらも、渡された資料を隈無くチェック。


 まずは簡単な事務作業と電話番から任されることになった。その類いの業務なら前職でもやっていることなのでさほど躓くこともなかった。


 その日は特に依頼の電話もなく、初日の勤務が終わった。


 せいぜい気になったことがあると言うなら、いくら私立探偵といっても他に従業員がいないことくらいか。


 だとしても、なぜ他にいないのか、あるいは元々は誰かがいたけれど、退職したのか。そんな野暮のことを深入りするにはまだまだ関係が浅すぎる。聞けるはずもなかった。



 それからというもの、向田さんの補助業務全般に仕事は進んでいき、一ヶ月、二ヶ月と経っていった。


 覚えが早いねとか、要領が良いねとか、向上心があるねとか、事あるごとに向田さんがかけてくれる言葉が未だに慣れずくすぐったい。


 これまでの仕事ではどれだけ足掻いても決して言われることのなかった言葉だったから、給料がどうとかという以上に、仕事に対するフィードバックがあるというそれだけで満足感があった。


 おおかたの仕事はこなせるようになって、小慣れてきたある日──

 


 いま振りかえれば、あの悪夢のような出来事の始まりは、その時の依頼人が来た瞬間から始まっていたのかもしれない。




 ◇ ◇ ◇ ◇




 コンコン。


「はい、どうぞ!」


 磨りガラスが組み込まれたアルミの扉から覗かせる人影が事務所の扉を二回ノックした。その音に私が返すと、酷く憔悴している様子の男性が入ってきた。


 服は毛玉にまみれ、肩にはいくらかのフケが散っている。声にも覇気がなく、正直かなり暗いなという印象だった。


「どうぞ、おかけになって下さい」


 依頼人の男性がソファーに腰掛けるのを確認しながら、紙コップにお茶を注ぐ。


 部屋の隅で資料の山に囲まれた机から、向田さんが顔を覗かせると、私がお茶を用意しているのを確かめてから、依頼人の向かい側のソファーについた。


「よかったら、どうぞ」


「あ、あはい…… どうも……」


 紙コップをガラステーブルの、依頼人側の上に置いて、私も向田さんの隣に着席した。


「初めまして、向田と申します」


「助手の小金井です」


 簡潔に名乗り、挨拶も手短に終えると、向田さんは早速本題に入った。


「今日はどういったご用件ですか」


 物腰柔らかい声色で優しく微笑みながら向田さんが尋ねるも、依頼人が返事をするまでに間があった。


 まだ数ヵ月の経験でしかないが、自分自身で見ただけでも、それに向田さんから聞いた話でも、こうした場所に来る人はなにか闇を抱えているのも珍しくはない。


 ゆえにこの依頼人が、うだつのあがらない暗い人だったとしても、だからと言って不快に感じたりするようなことはなく、既にそういうものだと思うようになっていた。


「あ、あの…… ストーカー被害に…… 警察も、当てにならないので……」


 向田さんは、男性が依頼内容を口にした傍から私に目線を送って合図を出した。それはメモを取る用意だ。


 私は会話には入らず、傾聴しながらペンを構える。向田さんがヒヤリングを進め、ゆっくりとだが返す言葉を逃さず書き記していった。


 まず依頼人の名前は原田元也さん。独身。性別は見ての通り男性だが、意外なのは年齢だった。四十代といった所感だったが、実際には三十六歳と、私よりもいくつか年上だったのだ。


 よほどストレスに疲弊しているのだろう。窶れ具合が老けた印象を与えているのにも頷けた。


 だが、一番予想外だったのは── いや、不可解だったのは、そのストーカー被害の実態だった。



「……なるほど、ストーカーは原田さんがお住まいのマンションの、向かいのマンションに住まれているんですか」


「はい…… お話したように面識もありませんし。ただ、向かいのマンションの『407号室』に住んでいるのは間違いありません」



 私はメモを走らせつつ、原田さんの話を聞いていると、詳細を語るにつれて声色が淀んでいくのが気掛かりだった。


 向かいの部屋から視線を感じるとのことで、カーテンは閉め切りなのだそう。その話を聞くと、日光を浴びていないから鬱々としているのではとも思ったが、その言葉はグッと圧し殺した。


 だが、思わずペンがピタリと止まってしまったのは、原田さんが警察が力にならないという理由を明かしたときだった。



「警察は、そんな不審人物はカメラにも映ってないと言うんです。おかしいでしょう……! うちのマンションにも向かいのマンションにも防犯カメラはあるのに……!」



 原田さんの声は震えていた。当然、私自身も震えそうだった。そんな不可思議なことあるはずが、ありえるはずがないと、そう思っていた。


 けれど向田さんは違った。ドンと構え、臆することなくさらに話を掘り下げていて、正直凄いなと感心するよりもどこか正気を疑ってしまうくらいだった。



「……分かりました、ではその407号室の方を調査します」



 次に向田さんは淡々と依頼料の話に移ると、原田さんは心ここに在らずといった具合で、空返事を続けていた。もう、金銭のことを考える余裕もなかったのだと思う。


 最終的にまとまった話は、原田さんのお部屋にお邪魔させて頂き、その窓越しからの張り込みと行動調査。


 カメラに映らないということが事実なのだとしたら、どこかで死角に入ってすり抜けてる可能性があると向田さんが仮定を立て、私が原田さんの部屋に、向田さんが出入り口での張り込みという二手に分かれる方針で固まった。


 初の探偵らしい実働業務。不気味な事件ではあるが、自分自身ではどこか高揚感があった。そんなことを言ってられる状況でないと知っていても。


 原田さんに付き従い、さっそく住んでいるお部屋へと向かう。その道中の車内で、向田さんが語りかける。



「初めてのフィールドワークだね。肩の力抜いて。リラックスしてやっていいから。カメラに映らないって言うからドキッとしたかもしれないけど、手の込んだストーカー被害では死角を使ったよくある話だよ」



 私がハンドルを握る傍ら、向田さんがタバコをふかしながら余裕綽々と言っていた。


 目の前を走る原田さんについていくことに集中していた私は、相槌を打つだけに留める。


 車をしばらく走らせると、国道沿いの地方都市ならではのベッドタウンに辿り着いた。


 多種多様な大手チェーン店が一堂に並ぶ国道。その少し外れたところにある圧巻のマンション群は、大都会からしてみれば時代が止まっているようにも思えるだろう。


 先にマンションの前で向田さんを降ろし、私は近くのコインパーキングに止めて、歩いて戻った。


 その道すがら、原田さんの話にあったストーカーの住むマンションを観察してみた。


 9階建てのマンションで、ちょうど4階までが各階7部屋。以降は階が上がるにつれて1部屋ずつ減っていくピラミッド型だった。


 外観からして築年数は原田さんのマンションよりも古い。オシャレなマンション名の後ろには『一番館』と書かれており、一帯にあるマンション群が分譲団地なのだと分かった。



 管理人とおぼしき男性がエントランスにモップ掛けをしていたところを見るに、管理は行き届いているようだ。


 出入り口付近で待ってくれていた原田さんと向田さんと合流すると、早速エントランスを抜けてエレベーターへ入った。


 その途中で表を見ると、原田さんのマンションには『三番館』と書かれている。他にもあと四棟ほどあることから、この辺りでは比較的早くに建てられたのだと推察できる。


 エントランスにも、そしてエレベーターにも防犯カメラがある。エレベーター内部にある小型モニターには、各階停止位置の映像が映されていた。その真新しさから思うに、ここ数年の間に取り付けられたのだろうか。


 ともすれば、何かしら防犯意識を高める必要のあるトラブルがあったから……。そう邪推せずにはいられなかった。


 停止ボタンは最上階の10階ではなく4階を照らしており、話の通り、向かいのマンションから見つめられているというのも、各マンションが建てられている間隔と同じ階ということを考えれば納得はいった。



 ポーン……



 電子音とともに、エレベーターの扉がゆっくりと開く。移動速度の遅さからしても、いくら最新のモニターがついていても、エレベーターそのものには年期を感じられる。


 先に降りた原田さんの後を続いていくと、案内されたのは409号室。


 部屋は昼間だというのに真っ暗で、全ての部屋には遮光カーテンが取り付けられていた。


 僅かに入る光から分かったことだが、部屋は掃除がされていない。ゴミは出したままだし、シンクはカップ麺の容器が山積みになっている。



「すみません、向かいのお部屋を確認させて頂いても?」



 向田さんが言った。原田さんは少し怯えたような反応をしていたが「全開にはしないで下さい」と一言添えた上で、カーテンを開けることを承諾した。



「うーん。あまりよく分からないな…… 僕は視力があまりよくないから。小金井くん、代わりに見てもらえる?」


 そういわれて、私は向田さんにかわってそーっとカーテンの隙間から向かいのマンションを覗いた。


 真っ先に目に映ったのは、コインパーキングから建物へ向かうまでには見ることのなかった、角部屋にだけある各階の出窓の凹凸だった。


 ベージュのタイルにぼこっと飛び出た出窓の輪郭は、まさに近代日本建築のテンプレートといった具合だ。



「どうかな、なにか分かる?」



 背後から急かすように尋ねる向田さんの言葉に煽られて、下から順に出窓を数えて件の407号室を確認した。


 そのときのことだ。




「うわっ!!」




 私は思わず仰け反ってしまった。



 どうしたのかと尋ねる問いかけにも答えられないほど硬直してしまった。




 目が合ったのだ。



 間違いなく、そこにいた何者かがこちらを見ていた。



 季節感のない白いシャツを着た女性──


 外観を確かめている時には気付かなかった女性が、こちらを凝視していた。


 

 耳と肩が接触するくらい首をかたむけ、目を見開いて、口角だけが上がっていた。



 目が合ったのはほんの一瞬だが、その光景が脳裏に焼き付いてしまい、体感では二秒以上の長い間見ていた気がする。



 なにより、私が気付いた時には、既に向こうはこちらを見ていたということ。



 つまり…… 最初から私のことを覗いていたのだろう。




 しばらく無言が続いた。それでも、一息ついて事情を向田さんに話した。


 気味の悪い女性の存在に、さすがの向田さんも眉をひそめながら話を聞いていたが、原田さんは私の言葉に耳を塞いでいた。



「人がいるのは分かったじゃないか。とりあえず写真に収めよう」



 そう言うと向田さんはカーテンの隙間からカメラのレンズだけを器用に覗かせて、何枚か連写で写真を撮った。


 すぐさま撮影した写真を確認する向田さんだったが、その様子には異変があった。



「映っていない……」



 私が見ても、撮影した写真にはどれも人影らしきものは映っていない。そんなはずはないと、もう一度勇気を振り絞って向かいのマンションを確認した。



 だが、そこには既に先ほどの女性の姿はなかった。あるのはただ、カーテンに閉ざされたなんら変哲のない出窓。



「やっぱり見間違いなんじゃないか?」



 向田さんがそう言うと、原田さんが声を震わせながらも「そんなはずはない」と言った。それは私も思うことだ。


 話し合いの末、しばらく様子見をするしかないという結論に至り、私と原田さんは部屋に残り、向田さんは外からの張り込みをすることになった。



 数時間が経ち、何一つ喋らない原田さんとの、沈黙の時間は永遠のように感じられた。


 テレビもつけず、ただデタラメに時間だけが過ぎていく。次第に陽が沈み、すっかり外が暗くなった頃。



 原田さんの腹部から、ぐぅと、だらしない音が鳴った。



「すいません、朝から何も食べてなくて」


「でしたら、買い物に行きますよ。近所にスーパーがありましたよね。行ってきますよ」


 しかし、原田さんは冷蔵庫に何もないからと、自分自身で買いに行くと言った。


 当然ここに残るわけにはいかないので、私が買いに行くと申し出たが、原田さんは半ば強引に「張り込みをお願いします。どうせ盗るものもないでしょう」と言って部屋を出させようとはしてくれなかった。


 確かに、ミニマリストというべきか、目につく限りでも部屋にあるのは大型家電のみ。倹約家なのだろうか、お世辞にも金目になるようなものがあるとはとても思えなかった。


 ただ、原田さんが強引に私を残して部屋を出たあとに、ふと違和感を抱いた。あれほど憔悴している様子で、室内も荒んでいる人間に、腹の音が鳴るほどの食欲があるのかということだった。


 そんな風に疑い深く勘繰ってしまうのは、この仕事がそれだけ染み付いたということなのかもしれない。そのときは単にそう思って、それ以上のことは考える余地はなかった。


 向田さんに電話をかけた。原田さんが近所のスーパーまで移動すると伝える。そーっとベランダ側に回って下を覗くと、一定の距離を置きながら、向田さんが、原田さんの後ろをついていた。


 あとは向田さんに任せて大丈夫と思い、向かいのマンションを見られる洋室の方へ移動しようと思った、そのときだった。





 原田さんと向田さんの歩く表通りから、妙な視線を感じた。



 無意識的に視線を寄せると、電柱の隅から、あの407号室からこちらを覗いていた女性がいたのだった。



 あのときと同じ、極端に首を曲げながらこちらを見つめている。



 目を大きく見開き、口角だけが不気味に上がった顔。



 本来なら原田さんのストーカーとされているはずなのに、その目は原田さんではなく明らかに私を見つめている。



 ゾッとして身震いを起こし、思わず尻持ちをついた。乱れる呼吸で必死に息をしようとするが、動揺のあまりままならない。


 事態を伝えようと携帯電話に手をかけるが、力が入らず開くこともできない。ワンプッシュで開閉できる便利な機種ガラケーだったらと思ったのは後にも先にもその時くらいだ。





 一体どのくらいその場ですくんでいたのか、少しして玄関からガチャンと音がした。


 原田さんが戻ってきたと思い、妙に安堵した途端に体はふっと軽くなった。


 よいしょと口にしながら立ち上がり、玄関へ向かった。





 するとそこにいたのは──























「見ないで」















 うわ言のようにその言葉を連呼する、向かいの407号室の女が立っていた。


 ざんばら髪のその女は、耳が肩につく異様な曲げ方を、左右交互にゆっくりと繰り返しながら近づいてくる。


 私は腰を抜かし、体は言うことをきかない。



 そのときだった。




 ゴキッ



 鈍い音が鳴った。こちらへにじり寄る女は、首を左に曲げたまま固まる。首の骨の鳴る音だった。



 「見ないで…………」



 私に向かって手を伸ばす女の両手が、首に掛かった。もはや恐怖のあまり抵抗も出来ない。



 きりきりと絞まっていく。女の爪が食い込むと、首から血が滴る感触があった。





 もう終わりだ、と。そう思った時だった。





「小金井くん!!」





 原田さんと共に部屋に戻ってきた向田さんが女を取り押さえた。


 死を覚悟していた私がゲホゲホと咳き込んでいると、向田さんはすぐさま警察を呼んだ。



「見ないで………」



 女は俯せになりながらも、延々とそんな言葉を宣っていた。


 ストーカーをしているのはお前じゃないのかと内心思っていると、すぐに外からパトカーのサイレンの音が聞こえた。


 その後、警察の到着によって女を引き渡し、私と向田さんと原田さんの三人で事情を説明した。


 女が署に連行されたあと、私は呆然としたままだったが、原田さんの妙に晴れやかな「ありがとうございました」という言葉に、どこか救われる思いがしていた。



「小金井くん。こんな事があったし、明日は休んでもいいからね」



 向田さんはそう気遣ってくれ、落ち着きを取り戻したところで私は帰路についた。


 家に帰ってからも当然眠れるはずもなく、その日は一睡もできなかった。


 かと言って何もせず家にいると、あのざんばら髪の女が脳裏をよぎる。私は不眠のまま出勤すると、いつもと変わらない向田さんを見て恐怖心が和らいだ。



 当然、その日の業務は身にならなかったが、それでも仕事をしているといくらか気は紛れた。


 やがて月日が積み上がり、次第にあの出来事が記憶の片隅に追いやられつつあった、とある日──



 コンコンと、二回鳴らすノックとともに事務所にやってきたのは原田さんだった。会うのは実に一ヶ月ぶりだった。


 初めて会った時とは見違えるほど憑き物が取れたかのような好調な顔色で、その肩には一片のフケも散っていなかった。



「原田さん、お元気そうで。また何かありましたか?」



 正直、原田さんがやってきただけであまり良い予感はしなかった。だが、原田さん自身は声に覇気もあれば表情も明るいので、不穏ばかりではなかったというのも本心だ。



「すみません、あの節はどうもお世話になりました。ご迷惑をお掛けしたと思い、お礼にと思って」


 その手には菓子折りを詰めた紙袋を持っており、律儀な人だなと思いつつも、ソファーに案内すると原田さんは身の上話を始めた。


 聞くところによれば、この町を出て県外へ引っ越すそうだ。転職先も決まったようで、既にあのマンションは引き払っているらしい。


 あんなこともあったのだから無理もないとなと感じていると、次に原田さんは、あの女は無事に逮捕されたと聞かせてくれた。




「小金井さん、実はね……」




 そう切り出して言った原田さんの一言に、私は戦慄することとなった。






「警察の方に後から聞いた話なんですけどね。あの向かいのマンションの407号室……… 実は何年も空室だったらしいんです」






◇ ◇ ◇ ◇






 あのとき言った原田さんの一言はおぞましいものでした。理解出来るはずもありません。


 ざんばら髪の女は結局何者だったのか、未だに分かりません。



 原田さんと会ったのもそれきりです。



 それから数年後、私は探偵として独立しました。



 ですが、向田さんのようにはいかず、十年と持たず廃業を決意しました。



 その頃でしょうか。全国ニュースでストーカー犯の男が逮捕されたと報道されていたのは。



 犯人の名前は『原田元也』。あの原田さんでした。報道によれば余罪もあるそうで。



 もう原田さんを忘れることは出来そうにもありませんし、今にして思えば、あの人の言ったことも全て鵜呑みにはできません。ですがなによりも──







 あの曲がった首が忘れられません。

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