第7話「映えないパフェと男の流儀」

​ 週末のカフェ『トワイライト・スプーン』は、若者たちで賑わっていた。

この店は、製菓業界を目指す学生たちの間でも有名な名店だ。

​「ここです、剛さん! 私が専門学校時代に研修でお世話になった、坂本先輩のお店!」

​ ピンクフルーティこと甘利桃子が、目を輝かせてショーケースを覗き込む。

その視線の先には、オーナーパティシエの坂本が、真剣な眼差しでフルーツをカットしている姿があった。

​「へぇ、桃子の知り合いか。優男だが、いい顔(ツラ)して仕事してやがる」

ミートイエローこと肉倉剛が、腕組みをして頷く。

「そうなんです! 先輩はお客様のことを第一に考えていて……私の憧れのパティシエなんです!」

​ 桃子が熱く語っているその時、テラス席から黄色い歓声が上がった。

着飾った女性客のグループが、運ばれてきた看板メニュー「トワイライト・ジャンボパフェ」を取り囲んでいる。

​「キャーッ! 可愛い〜!」

「見て見て、めっちゃ映える!」

​ シャッター音が鳴り止まない。角度を変え、光を変え、何十枚も撮影が続く。

厨房の坂本も、少し嬉しそうにその様子を見ていた。自分の作った菓子で客が喜んでくれていると思ったのだろう。

だが。

​「……よし、撮れたし行こっか」

「だね。これ食べるの? カロリーやばくない?」

「無理無理。クリーム溶けて汚くなっちゃったし。残しちゃお」

​ 彼女たちはスプーンを一口もつけることなく、ドロドロに溶け始めたパフェをテーブルに放置して席を立った。

坂本の表情が凍りつく。

早朝からフルーツを選び、ジェラートの温度管理に命を削り、最高のバランスで組み上げた「味」が、誰の舌にも触れずにゴミ箱へ直行する。

​「先輩……」

桃子が駆け寄ろうとした時、坂本の拳が震えているのが見えた。

「……俺のパフェは、撮影用の小道具じゃない……」

​ その無念が、店内に澱のように溜まっていく。

剛の足がピタリと止まった。視線の先には、客が残していった、無惨に崩れたパフェがあった。

​「モッタイナイ……モッタイナイ……」

​ ドロリとした不快な音が響いた。

放置されたパフェの器から、赤とピンクの毒々しいクリームが溢れ出し、人の形を成していく。

頭には腐りかけたサクランボ、体は溶けたアイスとガラスの破片で構成された怪人――ハイキ獣『ザン・パフェ』だ。

​「映エナイモノハ、ゴミ! 食ベル価値ナシ! 全テ廃棄セヨ!!」

​ ザン・パフェが両手のスプーンを振り回すと、店内はパニックに陥った。

逃げ惑う客たち。だが、坂本だけは腰を抜かして動けずにいた。

​「俺の……俺の作品が……怪物に……」

「ソウダ! オ前ノ自己満足ガ、俺ヲ産ンダノダ! 誰モ食ベナイ、見ルダケノゴミ!」

​ 怪人が坂本に襲いかかろうとする。

「先輩に手出しさせないっ!」

桃子が前に出ようとするが、それより速く剛が動いた。

​「やめろぉぉっ!!」

​ 剛が突進し、生身のまま怪人にタックルをかました。

だが、ヌルヌルとしたクリームのボディに弾き飛ばされ、テーブルに激突する。

剛の目の前に、あの「食べ残しのパフェ」があった。

溶けて形は崩れ、美しい層は混ざり合い、決して「映える」見た目ではない。

​「汚い! 実に汚い!」

いつの間にか現れたジェネラル・タブレットが、冷ややかな視線を投げかけた。

「視覚的快楽(ビジュアル)の摂取のみを目的とし、物質(モノ)としては廃棄される。これこそ現代人の効率的な消費活動だ。その残骸など、見るに堪えない汚物だな」

​「……汚物、だと?」

​ 剛がゆっくりと体を起こした。

その目は、怪人でもタブレットでもなく、目の前の溶けたパフェに向けられていた。

​「剛さん……?」

​ 剛は無言で、テーブルに置かれたスプーンを手に取った。

そして。

​ パクッ。

​ 彼は迷いなく、ドロドロになったパフェを口に運んだ。

一口、また一口。

​「お、おい! 何をしている!?」

怪人が動揺する。「ソレハ残飯ダゾ! ドロドロデ、ヌルクテ、マズイゴミダ!」

​「……マズくねぇよ」

​ 剛は口元のクリームを親指で拭い、静かに言った。

​「フルーツの酸味、クリームのコク、一番下のソースの苦味……。計算されてやがる。作り手が、どういう順番で食わせたいか、必死に考えた味がする」

​ 剛はスプーンを止めることなく、食べ続けた。

見た目は悪い。温度も最悪だ。

けれど、そこには確かに「命」があり、職人の「魂」があった。

​「兄ちゃん」

剛は震える坂本を見た。

「あんた、朝早くから仕込んだんだろ? 客が口に入れた瞬間、一番美味いと感じるように……それだけを考えてよ」

​「……はい……っ!」

坂本の目から涙が溢れる。彼は、隣で心配そうに見つめる桃子の顔を見て、声を震わせた。

​「食べてくれた人が笑顔になること……それだけのために、何度も試作して完成させたレシピなんです……! 美味しいって、言ってもらいたかっただけなのに……!」

​ その純粋すぎるプロ意識に、桃子も涙ぐみながら頷いた。

「知ってます……! 先輩はいつだって、お客様のこと一番に考えてる……だから私は、先輩に憧れたんです!」

​「だったら、これはゴミじゃねぇ。立派な『ごちそう』だ!!」

​ 剛は最後の一滴までソースを飲み干すと、カチャンと空のグラスを置いた。

そして、腹の底からの大声で叫んだ。

​「ごちそうさまでしたぁっ!!」

​ その瞬間、剛の全身から黄金色のオーラが噴き出した。

それは怒りの炎ではない。作り手への敬意と、命への感謝が生み出す、温かく力強い輝きだ。

​​「行くぜ桃子! 先輩の涙と、飯を粗末にする奴らに、俺のゲンコツをフルコースで食わせてやる!」

「はいっ! 剛さん、先輩の誇りを守りましょう!」

​ 剛がブレスのツマミをねじ切る勢いで回す。

​「オーダー! 五色五味、チェンジ!!」

​ ドンッ!!

重厚な肉料理の香りと共に、ミートイエローとピンクフルーティが変身を完了する。

​「映えだの流行りだの、知ったことか! 俺の辞書に『食べ残し』の文字はねぇ!」

​ イエローは猛然とダッシュした。

ザン・パフェがクリーム弾を放つが、イエローは止まらない。

胸板で弾き返し、強引に距離を詰める。

​「俺の体はな、食ったもんで出来てんだ! さっきのパフェのカロリーも、今、俺の力になったぜ!」

​ ドゴォォン!!

イエローの重いラリアットが怪人の首に決まる。

「グベェッ! ナ、ナンテ重サダ……!」

​「ピンク、援護だ! あいつを皿の上に固定しろ!」

「了解です! お客様への愛を踏みにじるなんて、絶対に許しません!」

ピンクのリボンが怪人をがんじがらめにする。「ホイップ・リボン・デコレーション! 粗末にしちゃメッ、です!」

​「トドメだ! 作り手の魂、俺が代わりに叩き返す!」

​ イエローが右拳に全エネルギーを集中させる。

背後に、巨大な牛と、そして色鮮やかなフルーツの幻影が重なる。

肉とスイーツ。異色の組み合わせだが、その根底にある「感謝」は同じだ。

​「必殺! 完食・メガ盛りインパクト!!」

​ 拳が怪人の核を撃ち抜いた。

衝撃が突き抜け、腐敗していたクリームが、甘い香りの光粒子へと浄化されていく。

​「見テクレヨリ……中身……カァ……」

怪人は満足げに呟き、空へと消滅した。

​ タブレットは舌打ちをした。

「……非効率なカロリー摂取だ。だが、その熱量は計算外。撤収する」

敵将軍は姿を消した。

​ 夕暮れのカフェ。

店内の片付けを手伝う剛と桃子の元へ、坂本がやってきた。

その手には、作りたての、完璧に美しいパフェが二つ。

​「肉倉さん、桃子ちゃん……これ、お礼です。食べていってください」

坂本は深々と頭を下げた。「あなたが食べてくれたおかげで、救われました。……料理人として、誰のために作るべきか、一番大切なことを思い出しました」

​ 剛は少し照れくさそうに頬をかいた。

「へっ、悪いな。……お、こいつはまた一段とイイ顔してるぜ」

​ 剛と桃子はスプーンを手に取り、パフェを一口食べた。

ひんやりとした甘さが、戦いの疲れを癒やしていく。

​「ん〜っ! 美味しい! やっぱり先輩のパフェは世界一です!」

桃子が満面の笑みを浮かべる。

「ああ。さっきのドロドロのも悪くなかったが……」

​ 剛はグラスの底までぎっしり詰まったフルーツを見て、ニカっと笑った。

​「やっぱり、あんたが客に食わせたかった『本当の完成品』は、格別だな」

​ スマホのカメラなど向けなくても、その言葉と、空っぽになったグラスこそが、パティシエにとって最高の「映え」だった。

​(第8話へ続く)


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