第6.5話「執事の悦び、猫の嘆き」

正午を回り、『まんぷく弁当』は戦場のような忙しさを迎えていた。

近所のサラリーマン、腹を空かせた学生、井戸端会議のおばちゃんたち。ひっきりなしに訪れる客の波に、普段のリキならとっくに目が回っているところだ。

だが、今日は違った。

「いらっしゃいませ、旦那様。唐揚げ弁当の大盛りでございますね。……かしこまりました」

カウンターの中で、流麗な動きを見せる影があった。

燕尾服のような黒と白の塗装が施されたボディ。頭部にはシルクハット型のセンサー。そして腰には、不釣り合いなほど生活感溢れる『まんぷく弁当』のロゴ入りエプロンを巻いている。

執事型救助ロボット、オープニング・オードブルだ。彼は今、人間サイズに縮小した「仮の姿」で店番をしていた。

「お会計は750円でございます。……はい、1000円お預かりいたしましたので、お釣りは250円。そしてこちら、サービスのお味噌汁でございます」

オードブルの指先から、ウィーンという静かな駆動音と共に小銭が正確に弾き出され、同時にもう片方の手が熱々の味噌汁をカップに注ぐ。

その所作は、高級ホテルのラウンジのように優雅で、無駄がない。

「すげぇな、リキちゃん! 最新のAIロボット導入したのかい?」

「え、ええ、まあ! ちょっとしたツテで借りてて!」

リキが厨房で鍋を振りながら、苦しい言い訳をする。

「ありがとうございます。お客様の笑顔こそ、最高のチップでございます」

オードブルが深々と一礼すると、客たちは「なんて出来たロボットだ」と感心して帰っていく。

厨房とカウンターを行き来するオードブルの電子アイは、喜びのブルーに点滅していた。

『素晴らしい……。オーダーを受け、品を提供し、満足していただく。これぞ「前菜(オードブル)」の務め。たとえ巨大ロボットの姿でなくとも、私の回路は充実感で満たされております』

その一方で。

店の隅、招き猫の置物の隣にある座布団の上で、不満の極みに達している生き物がいた。

「……解せぬニャ」

真っ白な猫――ミャスターは、不機嫌そうに尻尾をパタンパタンと床に打ち付けていた。

「キャーッ! 見てこの猫ちゃん、ブサカワ〜!」

「ホントだ、なんか偉そうな顔してるのがウケる!」

「こっち向いて〜、写メ撮ろ!」

女子高生の集団が、スマホのカメラを向けてくる。

ミャスターは心底鬱陶しそうに顔を背けたが、それが余計に「ツンデレで可愛い!」と黄色い歓声を浴びる結果となっていた。

「……無礼者どもめ。吾輩を誰だと思っているのニャ。五味仙界の守護聖獣にして、至高の料理人、グラン・マイスターだぞ……!」

ギリリ、と猫の牙を鳴らすが、人間たちには「あくびしてる」くらいにしか見えていない。

客足が落ち着いた午後二時。

リキが「ふぅ〜、疲れた!」と額の汗を拭いながら出てきた。

「助かったよ、オードブル! お前がいなきゃ今日店回らなかったぜ」

『勿体なきお言葉。マスターの戦場(キッチン)を守ることこそ、私の喜びです』

オードブルは胸に手を当て、恭しく答える。

「それに引き換え……」

ミャスターが座布団から睨みを利かせた。

「あの鋼鉄のポンコツは『最新AI』としてチヤホヤされ、吾輩は『ブサカワ』扱いニャ? この扱いの差は何だ、説明しろリキ!」

「ええ〜? だってミャスター、どう見ても猫だし……」

「仮の姿だと言っているだろうが! あー腹立たしい。威厳が地に落ちたニャ」

ふて腐れて寝転がるミャスターの前に、コトッと皿が置かれた。

オードブルが差し出したその皿には、美しく盛られた猫缶(高級プレミアム)と、トッピングの鰹節が踊っている。

『マイスター様。お疲れのようですので、アミューズ・ブーシュ(突き出し)をご用意いたしました』

「……フン。気が利くポンコツだニャ」

ミャスターは素っ気なく答えたが、鼻先をくすぐる鰹節の香りに抗えず、ガツガツと食らいつき始めた。

「う、美味いニャ……! ちくしょう、この体が勝手に……!」

その様子を見て、リキとオードブルは顔を見合わせた。

「なんだかんだ言って、結構その姿に馴染んでるじゃねぇか」

『左様でございますね。愛らしい姿も、ある種のおもてなしかと』

「うるさいニャ! 見てろ、次は絶対もっとカッコいい仮の姿になってやるからな!」

口の周りを鰹節だらけにした「守護聖獣」の負け惜しみが、のどかな昼下がりの弁当屋に響いた。

世界を救う戦いの合間、彼らの日常もまた、少しずつ新しい形(メニュー)に馴染み始めていた。


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