第6話「五色五味、完食!」

 湾岸エリアの食品物流センター。  そこは、不気味なほどの静寂に包まれていた。


「プロセス開始。不確定要素を、完全規格キューブへ変換する」


 ジェネラル・タブレットが指揮棒を一振りすると、背後のドローンから無機質なスキャン光線が照射された。  光がトラックの荷台を通過するたび、鮮やかなトマトやレタス、新鮮な魚たちが、シュワシュワと音を立てて圧縮され、瞬く間に「灰色の立方体」へと姿を変えていく。


「な、なんだこれは……俺のトマトが、ただの四角い塊に……」  作業員たちが腰を抜かす。彼らの目からも「驚き」や「恐怖」といった感情が消え失せ、ロボットのように虚ろな表情でブロックを運び始めた。


「そうだ。味も匂いも彩りも不要。必要なのは数値化された栄養素のみだ」


 タブレットの横には、冷蔵庫、ミキサー、レンジなどが不格好に融合した怪人『キッチン・キメラ』が控えている。  その腹部のモニターには、エラーコードのような赤い文字が点滅していた。


「マゼロ……カタメロ……ムダナモノハ、ゼンブ、ミキシング……!!」


「そこまでだ! 食べ物をオモチャにするな!」


 ライスレッドが叫び、五人の戦士が駆けつける。  だが、目の前に広がるのは色を奪われ、整然と管理された「灰色の世界」だった。


「ひどい……。野菜たちの声が聞こえないわ」  ベジグリーンが唇を噛む。

「なんて味気ない景色……。これじゃ、生きる喜びがないわ」  ピンクフルーティが悲しげに呟く。


「行くぞみんな! あいつを止めて、元の美味しい姿に戻すんだ!」  

レッドが飛び出すが、

「待ってください。敵の『変換光線』の射程に入ります」  マリーンブルーが制止する。

「まずは光線の発信源を解析し、無力化するのが最優先です」


「解析してる間に野菜がキューブになっちまうだろ! 正面突破で懐に入るぞ!」  ミートイエローは構わず突っ込む。彼は本能で「待っていたら手遅れになる」と察知していたのだ。  イエローがシールドを構え、光線の雨の中を強引に進む。


「ちょっと、待ちなさいイエロー! あなたが前に出過ぎると、私の射線が塞がるじゃない!」  サラが叫ぶ。彼女は後方から蔦による精密射撃を狙っていたが、巨大なイエローの背中が邪魔で狙いが定まらない。

「スマートに戦ってよ! これじゃお互いの足を引っ張り合うだけだわ!」


「うるせぇ! チマチマ狙ってねぇで、俺が作った『道』についてきやがれ!」  剛は振り返らずに叫ぶ。彼の背中は確かに光線を防いでいるが、その分、後衛の動きを制限してしまっていた。


「きゃあっ! つ、剛さんストップです!?」  敵の攻撃を弾いた剛が大きく後退し、背後にいた桃子に激突した。  ドタバタッ!  連携の乱れにより、五人は将棋倒しのように重なって転倒してしまった。


「……嘆かわしい」  タブレットが冷ややかに見下ろす。

「個々のスペックに頼った無秩序な集団。それが貴様らの限界だ」


「マトメテ……ショリスル!」  キッチン・キメラが両手のミキサーを回転させ、強力な竜巻を放つ。


「うわああああっ!?」


 五人はその暴風に巻き上げられた。  凄まじい衝撃に、変身システムが強制解除される。  光の粒子が飛び散り、生身の姿に戻った五人は、そのままベルトコンベアの上へと叩きつけられた。


 そこは、人間を「処理」するためのラインだった。


「ぐっ……! 体が、動かねぇ……!」  剛が呻く。

変身が解けた体には、ダメージが深く刻まれている。

「予測通りだ……。ベクトルがバラバラでは、力なんて出せるわけがない」  活が、割れかけた眼鏡を悔しげに直す。  

全員が「自分の正義」を持っている。だが、それらはパズルのピースのように歪で、上手くハマらない。


「ハハハ、見ろ! それが『雑多』なものの末路だ!」  タブレットが嘲笑う。

「味が混ざれば濁るだけ。貴様らはここで均一な栄養素となり、社会の役に立つのだ」


 迫り来るプレス機。生身のままでは、ひとたまりもない。絶体絶命の危機。  その時、コンベアの隅に、作業員が落としていった「幕の内弁当」が転がっているのがリキの目に入った。  衝撃で中身は少し寄ってしまっているが、ハンバーグ、卵焼き、漬物、煮物……色とりどりの具材が、一つの箱の中でひしめき合っている。


「……そうか」  リキは痛む体を起こし、その弁当箱を指差した。

「みんな……あの弁当を見てくれ!」

「はぁ? こんな時に何を!」

「あれは濁ってなんかねぇ! バラバラの味が、一つの箱の中で『協力』してるんだ!」


 リキは煤けた顔を拭い、確信に満ちた瞳で仲間たちを見渡した。


「剛さんの熱さも、活さんの理屈も、サラさんの彩りも、桃子ちゃんの甘さも! どれも最高の具材(おかず)だよ! 無理に同じ味にならなくていいんだ!」

「リキ……?」

「俺が『白米』になる! どんな濃い味だろうが、喧嘩っ早い味だろうが、俺が全部まとめて受け止めてみせる! だからみんなは、好き勝手に暴れて、俺の上に乗っかってきてくれ!!」


 それは、年下の彼なりの精一杯の提案であり、そして温かい、究極の論理だった。  白米は、決して主役を主張しない。けれど、どんなおかずとも調和し、その個性を殺さずに食卓を一つにする最強のバランサーだ。


「……フッ。自分が『器』になると言いますか」  活がふっと笑い、眼鏡の位置をクイと直した。

「非論理的ですが……『おにぎり』という構造体として見れば、成立するかもしれませんね」


「へっ、言うじゃねぇか相棒! なら、遠慮なく特濃ソースで行かせてもらうぜ!」  剛が力強く立ち上がる。

「俺が盾になって道をこじ開ける! その隙間を、お前らのテクニックで埋めろ!」

「ええ、それなら文句ないわ。……最高の彩りを見せてあげる!」  サラがふわりと髪をかき上げる。

「私……私も、みんなの最後を飾るデザートになります!」  桃子が勇気を振り絞る。


「よし……! いくぞみんな! いただきますの合図だ!」


 五人が横一列に並ぶ。  その腕には、再び輝きを取り戻した『ゴチソウブレス』。  五色のオーラが立ち上り、巨大な「おにぎり」の幻影となって重なった。


「「「「「五色五味、チェンジ!!」」」」」


 ドォォォォン!!  爆発的なエネルギーが灰色の空間を押し返す。  光の中から現れたのは、再びスーツを纏った五人の戦士たち。  今、バラバラだった五つの味が、リキという熱々の白米の上で一つになった。


「連携フォーメーション、『特盛・幕の内』です!」

ブルーが叫び、ヘルメットのバイザーに触れる。

「イエロー、プラン通りに正面突破を! 敵の攻撃を引きつけなさい!」

「おうよ! 泥臭い役回りは俺の専売特許だ!」

イエローが猛然とダッシュし、キメラのミキサーアームをガシリと受け止める。 「今よ! 剛が作った『特等席』から撃ち込むわよ!」

「はいっ! ホイップ・バインド!」

剛がこじ開けた射線を通し、グリーンの蔦とピンクのクリームが正確無比に敵を捉える。

「エ……エラー……アジガ……オオスギル……!」

「レッド! 中央ラインが開通しました!」

「おう! 一番美味しいところ、いただきだぁっ!」  

レッドが仲間の背中を踏み台にして高く跳躍する。

「五味一体! ゴチソウ・パンチ!!」  五人のエネルギーが収束した拳が、キメラの腹部のモニターを貫いた。


 バチバチバチッ!  キメラが吹き飛ぶ。だが、タブレットは冷酷に端末を操作した。

「……サンプルデータとしては十分。フェーズ2、強制巨大化プロセスへ移行する」  

タブレットが怪しい紫色のカプセルを投げつけると、キメラの残骸が周囲の「完全食キューブ」を吸収し、ビルをも見下ろす超巨大怪獣へと変貌した。


「オ……オカワリ……オカワリィィィ!!」


「で、デカいニャ……! だが、今のこいつらなら!」  物陰で見ていたミャスターが叫んだ。

「リキ! 今こそ『完食』の時だ! 呼ぶニャ、食の巨神を!」

「おう! どんなにデカくても、残さず平らげてやる!」  リキがブレスを天にかざす。

「来てくれ! 俺たちのフルコース!!」


 ゴゴゴゴゴ……!  空が割れ、五色の光と共に巨大なマシンたちが飛来した。  赤い炊飯器型ホバー、青い潜水艦、黄色いキッチンカー、緑のコンバイン、ピンクの冷凍車。  そして、それらを先導するように、燕尾服のような塗装を施した執事型ロボットが舞い降りる。


『お待たせいたしました、マスター。テーブルセッティングは完了しております』  執事ロボット――オープニング・オードブルが優雅に一礼し、周囲の障害物を瞬時に整地する。


「すげぇ! なんだあいつら!」 「あれが俺たちの……精霊か!」 「合体だ! みんなの心を、弁当箱に詰め込むぞ!」  レッドの号令と共に、五台のマシンが空中で変形を開始する。


「「「「「五味合体(ごみ・がったい)! メインオベンター!!」」」」」


 ガション、ガション、ガギィィン!  五つのマシンが複雑に組み合わさる。それはまるで、熟練の職人が弁当箱におかずを隙間なく詰めていくような、緻密で力強いプロセス。  最後に巨大な箸型の剣を背負い、弁当箱の蓋のような胸部パーツがロックされる。


 ズシィィィン!!  大地を揺るがして、極彩色の巨神が立ち上がった。  右手にしゃもじシールド、左手にフォークランス。その顔は、武骨だがどこか愛嬌のある「職人」の面構えだ。


「完食の巨神! メインオベンター、開店!!」


 コクピットに乗り込んだ五人は、不思議な一体感に包まれていた。 「システムオールグリーン。驚異的です……シンクロ率が100%を超えている」  活がモニターを見て息を飲む。


「マゼテ……カタメテヤルゥ!!」  巨大キメラが襲いかかる。  だが、メインオベンターは揺るがない。 「受け止めるぜ! 肉厚シールド!」  剛の操作で、しゃもじシールドが敵の攻撃を弾き返す。 「逃さないわ! ベジタブル・アンカー!」  サラがレバーを引くと、機体からツタが伸びて敵を拘束する。 「甘いお仕置きです! フローズン・ミサイル!」  桃子のボタン操作で、冷却ガスが敵の足を凍らせる。 「よし、動けないぞ! トドメだ!」  リキがメインレバーを握りしめる。 「みんな、合わせろ! 感謝を込めて、いただきまーす!!」


 メインオベンターが背中の巨大な剣――箸型の光剣を抜く。  刀身が五色のオーラを纏い、黄金に輝く。 「必殺! 完食一刀・御馳走斬り!!」  袈裟懸けに振り下ろされた一撃が、巨大キメラを一刀両断した。


 ズバァァァッ!!  キメラの体から、吸収されていた野菜や魚たちの「色」が溢れ出し、光の粒子となって空へ還っていく。 「ゴチソウサマ……デシタァァァ……!!」  安らかな声を残し、怪人は消滅した。


 灰色のキューブにされていた食材たちも、次々と元の瑞々しい姿に戻っていく。  戦いが終わり、五人は夕暮れの港でロボットを見上げていた。


「……勝ったな」  剛が汗を拭う。「へっ、悪くねぇ連携だったぜ。お前らの小細工……いや、援護のおかげだ」 「あら、素直じゃないわね。……でも、あなたの背中は最高の盾だったわよ」  サラがウィンクを返す。 「ええ。非効率な合体でしたが……結果は最高でした」  活が、少しだけ口元を緩めて言った。


「みんな、ありがとう! 俺、なんか今、すっげー腹減った!」  リキのお腹がグゥ〜と盛大に鳴る。  それにつられて、他の四人のお腹も次々と音を立てた。


「ふふっ、私も」 「しょうがねぇな、帰るか! リキ、今日の残りの鍋、〆(シメ)は雑炊にするぞ!」 「いいねぇ! 卵とネギたっぷりでな!」


 笑い合いながら歩き出す五人。  その背中を見送りながら、ミャスターと、小さくなった執事ロボットが並んで頷いた。


「……やれやれ。メインディッシュには程遠いが、まあまあの『まかない飯』にはなったかニャ」 『左様でございますね、マイスター様。これからの成長が楽しみでございます』


 食卓の準備は整った。  サプリ帝国の脅威は続くが、彼らがいればきっと大丈夫だ。  どんな無機質な世界でも、彼らは「いただきます」の声と共に、彩りを取り戻してくれるだろう。


(第7話へ続く)

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