第5.5話「混乱の食卓と、鋼鉄の弁当箱」
それは、世界で最も平和な視覚効果(エフェクト)だ。 『まんぷく弁当』の奥座敷。
普段はリキと剛、そしてミャスターだけで囲むちゃぶ台は、今夜、かつてない人口密度となっていた。
中央に鎮座するのは、巨大な土鍋。グツグツと煮える寄せ鍋が、五人の戦士たちの顔を白く曇らせている。
「へへっ、五人も集まると壮観だな! さあ、煮えたぞ。遠慮なく突っついてくれ!」
ライスレッドこと米田リキが、おたまを片手に満面の笑みを浮かべる。
その言葉を合図に、箸の乱舞が始まった。
「おう! やっぱ鍋と言えば肉だろ! この豚バラ、いい脂が入ってやがる!」 ミートイエロー・肉倉剛が、瞬く間に肉をさらっていく。
「ちょっと筋肉ダルマさん、野菜もバランスよく取りなさいよ。……うん、この春菊の苦味、デトックスに効きそうね」 ベジグリーン・菜葉サラは、優雅な手つきで春菊と椎茸を小皿に取り分けた。
「はわわ、お餅巾着が溶けちゃう……! あの、皆さん、お出汁が濁るから喧嘩しないでくださいぃ」 ピンクフルーティ・甘利桃子は、オロオロしながら鍋奉行の補佐に回っている。
賑やかで、温かい光景。
だが、その輪の中に一人、箸を持たずにタブレット端末を操作している男がいた。 マリーンブルー・海原活だ。
「……非効率極まりない」
活は中指で眼鏡を押し上げ、土鍋を冷ややかな目で見下ろした。
「一つの容器に異なる沸点の食材を投入し、加熱ムラのある熱源で調理する。しかも、他人の唾液が付着した箸が交差するリスクがある。衛生面および栄養管理の観点から、この料理は『カオス』と定義せざるを得ません」
「んだと!? てめぇ、人が作った飯にケチつけるのか!」 剛が豚バラを噛みちぎりながら怒鳴る。
「事実を述べたまでです。私はパスします。必要な栄養はこれで足りますから」 活はポケットから、例の銀色のパウチゼリーを取り出した。
「あんたなぁ……みんなで食うから美味いんじゃねぇか」
リキが呆れたように言うが、活は「味覚の共有など、作戦遂行には不要なプロセスです」と一蹴する。
「まあまあ、リキくん。活さんも、こうして来てくれただけで進歩だよ」 桃子がフォローを入れるが、空気は微妙にピリついていた。
直感型のリキ。
豪快な剛。
美意識と個性を重んじるサラ。
調和を願う桃子。
そして、徹底的な合理主義者の活。
五つの味は揃ったが、それはまだ「
「……やれやれ。前途多難だニャ」
その様子を茶箪笥の上から見下ろしていたミャスターが、ため息混じりに飛び降りた。 スタッとちゃぶ台の真ん中(鍋の蓋の上)に着地する。
「熱っ! ……コホン。静粛にするニャ、バカ弟子ども!」
ミャスターの一喝に、全員の視線が集まる。
「五人が揃ったことで、ようやくスタートラインに立ったわけだが……お前たち、これから来る『巨大な試練』に立ち向かう覚悟はあるのかニャ?」
「巨大な試練? サプリ帝国の幹部のことか?」 リキが尋ねる。
「それだけではない」
ミャスターは厳かに髭を揺らした。
「五味仙界の伝説によれば、五人の戦士が揃い、その『感謝の心』が一つになった時……失われた古代の力が復活すると言われているのニャ」
ミャスターが空中に肉球をかざすと、湯気の中に幻影が浮かび上がった。 それは、巨大な重箱のようなシルエットと、それに仕える執事のような影。
「一つは、『オープニング・オードブル』。戦いの幕開けを告げ、場を整える忠実なる眷属」
「へぇ、執事のようなロボットか。戦場にも品格をもたらしてくれそうで、悪くないわね」 サラが興味深そうに紅茶を啜る。
「そしてもう一つ。五つの味が完全に調和した時にのみ降臨する、究極の食の巨神……『メインオベンター』だニャ!!」
「メイン……オベンター?」 全員が声を揃えた。
「そうだ。五色の
ミャスターは、鍋を挟んで睨み合う剛と活、優雅に茶を飲むサラ、オロオロする桃子、そして「弁当箱? 米は入るのか?」と的外れな質問をするリキを見回した。
「……こいつを起動させる条件はただ一つ。『五人の心が、詰め合わせ弁当のように隙間なく噛み合うこと』だニャ」
「隙間なく……?」
活が鼻で笑う。「不可能ですね。私の計算では、このチームの思考パターンの一致率は3%未満。合体などすれば、システムエラーで空中分解するのがオチです」
「なんだとコラ! 気合で詰め込めばなんとかなるだろ!」
「詰め込む? 美しくないわね。それぞれの素材が活きてこそのフルコースよ。無理やり一つにするなんて、ナンセンスだわ」 サラもやれやれと首を振る。
「あうぅ、みんな仲良くしましょうよぉ……」
再び始まる口論。 鍋の具材の奪い合い。 全く噛み合わない会話。
ミャスターは、そのカオスな光景を遠い目で見つめた。 かつての相棒、シャノワールの冷笑が脳裏をよぎる。 『人間など、所詮は自分勝手な生き物だ』
(……シャノワールよ。お前の言う通りかもしれんニャ)
ミャスターは、誰にも聞こえない声で呟いた。
(個性が強すぎる。味が喧嘩しすぎている。これでは、メインオベンターどころか、コース料理の前菜すら務まらん……)
「ダメかも知れないニャ……この世界」
猫の切実なつぶやきは、賑やかな鍋パーティーの喧騒にかき消されていった。 最強のロボットが登場するのは、まだ少し先の話になりそうである。
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