第5話 優しい馬車と、合わない高さ

 外には、

 簡素な馬車が用意されていた。


 装飾なし。

 急ごしらえ。

 余裕がないのが、

 一目で分かる。


 ……そりゃそうか。

 戦争中だし。


 でも、

 これが「最大限」なんだと思うと、

 少しだけ居心地が悪い。


 それより。


 ……さっき。


 浮いてたよな?


 ……社会的に、じゃなくて。


 物理的に。


 床との距離、

 明らかにおかしかった。


 でも、

 疲れてたし、

 どうでもよくなってた。


 今になって、

 じわっと来る。


 やばくない?


 馬車の扉が、開く。


 中は、

 簡素。

 清潔。


 ……助かる。


 さて、

 乗るか。


 一歩、前に出て――


 ガンッ。


「……っ」


 額。


 低い。


 いや、

 ボクが高いのか。


 少し身を縮めて、

 今度こそ、と――


 ガンッ。


「……!」


 ……無理だ。


 入口の前で、

 止まるしかない。


 周囲が、

 一瞬、ざわついた。


 でも、

 誰も笑わない。


 誰も、

 指摘しない。


「……あの御方は」

「自ら、歩みを緩めておられる……」

「混乱の中で、我らを思いやって……」


 違う。

 普通に、

 動揺してるだけ。


 高さが分からなくて、

 怖くなっただけ。


 でも。


 その沈黙が、

 やけにあたたかい。


 天使が、

 焦っている。


 その姿に、

 心の優しさを見た、

 らしい。


「……ご安心ください」


 偉そうな人が、

 静かに前に出る。


「無理をなさらず」


 次の瞬間。


 空気が、

 すっと落ち着いた。


 ……というか。


 ボクの位置が、

 自然に合った。


 さっきまで当たっていたのが、

 嘘みたいに。


 何もぶつからない。


 そのまま、

 中へ。


 座る。


 ……やっと。


 後ろで、

 小さな吐息が、

 いくつも重なった。


 安堵。


 たぶん、

 ボクのじゃない。


 馬車の扉が閉まる。


 優しい天使だと

 思われたままで、

 運ばれていく。


 ◇


 感想から言うと、

 馬車の中は、

 割と好みだった。


 広すぎない。

 天井も低め。

 余計な装飾なし。


 揺れる感覚が、

 道を走るソロ用の電車みたい。眠くなってきた。


 ただ、

 目の前には、

 さっきの偉そうな人と、

 その従者が座っている。


 向かい合わせ。


 距離、

 近い。


 ……無理。



 目を閉じると、

 逆に気まずい。


 会話したくないオーラも

 多分、出してると思う。



 でも。


 無言が、

 続く。


 馬車の揺れと、

 車輪の音だけ。


 ……耐えられない。


 気まずさに負けて、

 ボクのほうが、

 先に口を開いた。


「……あの」


 二人の視線が、

 一斉にこっちを見る。


 やめてほしい。


 でも、

 言っちゃったから。


「あなた方の間では……」


 一拍置いて。


「ボクは、

 どういうふうに

 伝わっているんですか?」


 沈黙。


 一瞬だけ。


 偉そうな人が、

 少し考えるように目を伏せてから、

 静かに口を開いた。


「まず、

 自己紹介を」


 胸に手を当てる。


「私は、

 この地を治める家に仕える者です」


 名前を告げる。

 長い。

 覚えられない。


 隣の従者も、

 簡潔に名乗った。


 ……なるほど、

 ちゃんとした人たちだ。


「そして、

 御身についてですが」


 偉そうな人は、

 言葉を選んでいる様子だった。


「“触れない天使”」


 やっぱり。


「戦場に現れ、

 人々を静め、

 混乱を止めた存在」


 ……ボク、

 そんなことした覚えない。


「祈りを受け、

 拒まず、

 しかし距離を保たれる」


 距離は、

 保ちたいだけ。


「慈悲深く、

 しかし、

 容易には近づけない」


 それは、

 コミュ障です。


「つまり」


 少しだけ、

 視線が柔らぐ。


「“在るだけで、

 人を律する存在”」


 ……重い。


 思ってたより、

 ずっと。


 ボクは、

 シートの端を握った。


「……そう、なんですね」


 声が、

 小さくなる。


 従者が、

 ちらっと偉そうな人を見る。


 そして、

 付け足すように言った。


「畏れと、

 感謝が、

 同時に語られています」


 最悪。


 居心地、

 悪い。


 馬車が、

 ごとん、と揺れる。


「……訂正とかは、

 できないんですか?」


 つい、

 聞いてしまった。


 偉そうな人は、

 少しだけ困ったように笑った。


「御身が

 否定なさらない限りは」


 ……つまり。


 黙ってたら、

 このまま。


 ボクは、

 天井を見る。


 低い。

 安心する。


「……そうですか」


 それ以上、

 何も言えなかった。


 馬車は、

 静かに進む。


 優しい天使として。


 ボクは、

 その役を、

 まだ降りられずにいた。

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