第18話 夜行ユキ視点:傷口に塩を、魔法少女には弱音を



『俺が、きちんと死ねなかったから』


 夜行ユキは、確かに聞いた。

 彼女の担当官、桃無楽人が漏らした病床で漏らしたその言葉を。


 ――きちんと、死ねなかった。


 言葉を聞いた瞬間、刑場に響く鉄の擦れる音、撃鉄の上がる音、太い縄が軋む音――罪悪の音が、夜行ユキの耳を支配した。

 きっと幻聴だ、でも、聞こえてしまったのならばユキにとってはそれは真実。


 彼はずっと、ずっと、ずっと、最初からそうだったのだ。

 あの最終作戦の時から、ずっとずっとそうやって死ぬつもりだったのだ。

 いや、もしかすると、最初、初めて出会ったあの時から。

 

 彼は――魔法少女から恨まれる形で最期を飾った。

 なぜか。決まっている。

 ユキをはじめとする、魔法少女の為だ。


 彼は、きっと最初から分かっていたのだ。

 ただ、普通に死んでしまっては――英雄として死んでしまえば自分達が壊れてしまう事を。

 だから、恨まれ、嫌われ、憎まれ、死ぬ道を選んだ。

 自分達、魔法少女に傷を残さぬように、悪として、滅ぶべき愚か者として。死のうとしたのだ。


 ただ、魔法少女の明日の為に、孤独に全ての悪意を背負い暗い宙で終わろうとした。


 ――そんな彼に。

 ずっとずっと傍にいてくれて、これからも傍にいたいと思っていた彼に向かってまっさきに――裏切り者と叫んだ女がいる。

 真っ先に、彼を切り捨てたのは誰?


 お前だ、夜行ユキ。


「あ、は”」


 記憶がフラッシュバックする。

 最強の魔獣、敗色濃厚な戦闘。負ければ人類が終わる重責、仲間のそして最愛の人の命が懸かっているプレッシャー。それらによって限界に近かった自分の精神。

 なんの、言い訳にもならない。


 ただ、傷つきたくなかった。

 ただ、認めたくなかった。

 自分が信じた存在が、自分を利用していた事など。


 弱かったのだ。

 彼の言葉に怒る事も出来ない。彼の言葉を否定する事も出来ない。彼を信じる事も出来なかった。


 裏切り者と罵るだけしか、出来なかった。

 あれが、自分。

 あの時零れた言葉が、夜行ユキという女の全てなのだ。


 どんな気持ちだったのだろう。

 自らが護り、救い、明日を願った魔法少女に、早々に裏切り者と罵られる気持ちは。

 どんな気持ちだったのだろう。

 自分を裏切り者と罵る女の為に死ぬ気持ちは。


 それでも――彼は最期まで見事にあたし達を騙し切り、月の獣を討ったのだ。


 彼が目覚めてから、何度も何度も彼に謝った。

 彼が自分の目の前にいて、自分の謝罪に困った顔で、でも、きちんとあたしの言葉を聞いて反応してくれる。


 ほんの少しだけ思ってしまったの。

 もしかすると、もしかすると、全て元通りになるのかもしれないって。


 何が、ごめんなさいだ。ちょっとでも、気が楽になったの? 

 そんな軽い言葉だけで?


 自分が、彼に『きちんと死ねなかった』などと言わせたのだ。

 結局、自分は彼に何1つ出来ていない。


 ああそうだ、当然だ。

 外の世界を知りたいと願う彼の言葉に、震えて反応できなくなるような無能なのだから。


 彼はまだ、あの暗いそらの中にいる。

 彼の戦いは、終わっていない。

 彼の孤独は、彼の傷は1つも癒えたりなんてしていない。


 ずっとずっと、彼は独りのまま。

 自分は――彼に何も出来ていない。


 謝らないと、いけない。

 彼が、あの暗い宙から帰ってくるまで。


 自分が赦される為?

 違う――もういい加減気付いた。


 自分は赦されざる者だ。

 彼にこれ以上何かを求めるなんてありえない。それは赦しも安息も彼からの信頼も、何も何1つ求める事はならない。


 捧げるのだ。

 彼に、己の捧げる事の出来るモノの全てを。

 この罪が赦される事はなくても。

 彼の心に、彼の行いに報いる為に。


 きちんと死ねなかった。

 そんな言葉をもう二度と彼に言わせないために。

 貴方は自分の全てを賭けてくれた。

 想いも恐怖も嫌われる覚悟も憎まれる道も、全てを背負って進んでくれた。


 次は自分が彼の全てを背負う番だ。


 じゃないと、じゃないと、彼は――きっとまたアレ《自己犠牲》をやる。


 思い知らされた、なお――彼は自分を、自分だけを責めている。


 魔法少女に危機が迫った時、彼は必要なら絶対にまたアレをやる。

 手足が動かずとも、例え1人では起き上がれないような身体だとしても――彼は必要なら、また――運命の死に立ち向かってしまうだろう。


「いや、だ」


 声が震える。

 ありうべからざるその時を想像しただけで、夜の闇に包まれた時より、冬の白にさらされた時よりも骨と肉が冷えていく。


 喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない喪いたくない。


 嗚咽が混じる、涙が目ごと溶けだしてしまいそう。

 だが、自分に泣く資格などあろうものか。


 外の世界を知りたい彼。

 でも、でも、彼が外を知ってしまえば、きっとまた――彼は立ち上がろうとするだろう。

 あたし達の為に、また彼は戦おうとするのだ。


 そしてまた、あの夜がやってくる。

 彼はずっと暗い夜、暗い宙のままなのだ。


 どうすればいい、どうすればいい。どうすればいい。

 彼に報いるには、彼に捧げるにはどうすればいい。


 この薄く抱き心地の悪い肉体か、使い道のない多いだけの金か。

 否、違う。

 全て全て全て全て。

 夜行ユキの持つ全てを彼に与えなければ、いや、与えてもきっと、彼はまたアレをする。

 

 捧げるだけでは足りない。

 では、自分はどうすればいいのだろう。

 夜行ユキには、安易な答えすら許されない。

 ただ頭を抱える事しか出来ない自分を、己の無力をユキはずっと責め続ける。


 

 鳳翔院ホノカは、見てしまった。

 虚空に話しかける、壊れてしまった彼の姿を。



 ~あとがき~

 すみません、今日はここまでにします。

 明日また更新します。

 引き続きぜひご覧くださいませ。

 ブクマ、作品フォロー、☆評価、いつもありがとうございます。


 





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