第19話 鳳翔院ホノカ視点:狂愛の火種


『ごめん』

『俺は、無力だ』

『1人じゃ、何も出来ない』

『死にてえ』

『正しく、死にたい』



 ――俺は、無力だ。

「――あ”」


 ホノカは、目を見開く。

 身体中に痺れが走り、一瞬呼吸の方法さえも忘れる。

 彼の言葉を聞いた途端、後悔と慚愧の念がホノカの心と身体を支配した。


 私は、彼の事を何も何も理解できていなかった。


 ベッドの上。天井を見上げて力なく呟く彼の姿と、記憶の中にある雄々しい彼の姿が、あまりにも遠すぎたのだ。


 今でも、目を瞑れば鮮明に思い出す事が出来る。

 自分の全てが実の父親に奪われ冒されそうになった瞬間、壁を壊して助けに来てくれた彼の姿を。

 一緒に燃やしたあの家、炎に照らされたまま、全く悪びれずに綺麗だなァと呟いた彼の横顔を。

 魔力覚醒した直後、吸血衝動に駆られ無理やり彼を押し倒し、その首に牙を突き立てた自分を恐れもせずに大丈夫と優しく囁きながら頭を撫でてくれた彼の声を。


 ずっとずっとずっと傍にいて、ずっとずっと自分を護ってくれていたのは彼だ。

 正しい父性に恵まれなかったホノカの心をぎりぎりの所で、護ってくれていたのは彼だ。


 大人。

 鳳翔院ホノカにとって桃無楽人はまさに理想の大人だった。


 その彼が、やけに小さく見える。

 モニターの向こう側で弱々しく呟き、とうとう

 限界なのだ。

 とっくに、彼の心はもう――。


 「センセイ……」

 

 理想の大人とかけ離れた、ひどく弱った桃無を視たホノカの心を占めるものは。

 

 失望――?

 否。

 強い、強い強い罪悪感――それすらを焼き尽くす焔の如き使命感だった。


 ――彼を――らなければならない。


 あの時は、ダメだった。

 最終作戦でも結局、自分は護られるだけだった。

 あの時、もし、彼の真意に気付いていれば

 あの暗い宙で、自分を護る為に彼は戦ったのだ。

 

 ずっとずっと自分を護り、そして壊れた彼を守護るのは自分の役割だ。

 これからの自分の一生は、彼に報い――守護る事にある。


 足りなかったのだ。覚悟も認識も。

 彼が目覚めてからの時間、自分はずっとずっと彼のお世話してきたつもりだった。

 ――自己満足だ、そんなもの。

 センセイの為に何かが出来ている、お世話をする事で彼の為になっている。

 足りない、足りる訳がない。

 自分が彼から貰ったものは、そんな事で補える訳がないのだ。


 与えたつもりが、何も出来ていない自分を焼き殺してしまいたい。

 だが、ここで己を焼き殺せば、きっと彼はひどく悲しんでしまう。


 だってセンセイは優しい大人だから。

 自分のせいじゃないのに、自分のせいだと己を責めるだろう。


『俺は、無力だ』


 違う、違うよ、センセイ。

 それはね、違うんだよ。

 無力だなんて言わないで。

 どうか悲しまないで。どうか自分を責めないで。


 彼の苦悩を今すぐ癒せない自分への怒りで焔が漏れ始める。


 その焔を、ホノカは怒り以上の感情で押しとどめる。

 ホノカを他人に与えるばかりの人生から救い、しかしその在り方を否定しなかった優しい大人。

 彼を少しでも、悲しませたくないから。



 くしくも――原作の鳳翔院ホノカは届かなかった焔使いの領域に、”ホノカ”は今、たどり着いた。


 到達した心境、それは――母性。

 恋も愛も超越した、究極の感情。

 母性。

 曰く――生物が最も凶暴になる呼び水でもある。

 子連れの母熊の凶暴さを知らぬ者はいないだろう。


 食事、身の回りの雑事、彼の生に関わるその全て。

 彼を脅かすかもしれない未だ消えぬ”この世界の脅威”。

 穢れた獣、再起を狙う老人、彼を糾弾する愚衆――皆、うんざりだ。

 

 ……いまだ世界は脅威に満ち、戦いは続いている。

 焼き尽くしてしまおう。


 もしも、彼を傷つける可能性のあるものが現れたその時は。

 きっとまた、彼は必要があれば――アレ《自己犠牲》をやる。


 彼を止める事は出来ない、彼を否定する事は出来ない。

 だから、そんな事をする必要がないように。


 注ぎ、捧げ、守護るのだ。


 自らをその父性と正しさで包んでくれた彼に、ホノカはこれから無尽の母性を注ぐだろう。

 例え、彼の器がもう壊れ、愛を注いだ所で全て零れるのだとしても構いはしない。

 自分の人生がそれで終わるのだとしても関係ない。


 彼を護る事の出来ない自分など――もう要らないのだから。

 

 ◇◇◇◇


「……行かなきゃ」


 会議室の中で、もっとも最初に行動に移れたのは水無瀬ツルギだった。

 彼女の言葉に、ユキとホノカも黙って頷き、会議室を出る。

 向かう先は――もちろん、彼の元だ。


 最も彼に信頼されているあの女に、彼を任せていた。

 認めたくはないが、あの女が正しかったのだ。

 桃無楽人の心を護る為には、外の世界に触れさせる必要がある。


 約束通り、あの女は桃無楽人を病室の外に連れ出していた。


 夕焼け、病院の屋上。

 彼女達が視た、光景。

 信じられないものだった。

 あの女、山味サクも、驚いた顔でそれを見つめる。


 移動用の車椅子から、桃無楽人が立ち上がっていたのだ。

 桃無楽人は、魔法少女達に気付いた様子はない。

 夕焼けの空を見上げ、随分と細くなってしまった夕焼け空、薄く昇る三日月に――手を伸ばす。


 そのまま、ふらり、ふらりと、彼が歩いた。


 後遺症で、首から上が動く事すら奇跡なハズの彼が、ふと車いすから立ち上がり――1歩、2歩歩いて。


 「あっ」


 ばたり、すぐに倒れかける。

 すんでの所で、最も近くにいた山味サクが彼を受け止める。


「あなたっ!」

「センセイ!!」

「相棒――!!」

 

 駆け寄る魔法少女3人。

 決意を新たに、それぞれいびつゆがんでいながらも彼に向き合いたいと願った少女達。


 だが、聞いてしまった。


「ははっ」


 その乾いた笑い。


「これじゃ――もう俺は要らないなァ」


 その言葉を。


 それを聞いた元魔法少女達の心は――今――。


 一体、何があったのか。何が起きていたのか。

 時間は少し前に遡る。


 ◇◇◇◇


 ~あとがき~

 読んで頂きありがとうございます。

 コメント、返信遅れて申し訳ありません。順次返していきます。

 商業作品の締め切りが近いのでひりついてきましたが、本作は変わらず明日も更新致します。


 

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