第6話 空模様
カシャカシャカシャ、と連射音。
カメラのシャッター音が、湿った地下室に残響した。
「ひとまず、ここから出ませんか? 御三方。」
「確たる証拠は押さえました。――あの医者は、もう逃がしません。」
ヒラヒラ、と咲希はスマホを振った。
深いため息をつきながら、凛は話した。
「賛成だ。さっさと出よう。」
凛は壁に自分の刀を押し付け、そのまま沈めた。
……どういう魔法なんだ?
土魔法なのは色でわかる。が、こいつは説明しない。
――病院一階。
空調の冷たさが、不快感を肺の奥に押し戻してくる。
「凛。やばいです。なんか注目を浴びてる気がします」
「そりゃこんな汚れた奴らが病院服で闊歩してたらな。ナースも照会終わってる頃だろうし」
「……無視でいいんだよな?」
「冗談きついぞ? それ」
凛はかすれた笑いを見せた。
「警備員を車でちぎるぐらいの覚悟で十分だ」
――駐車場。
「祥也。私は限界だ。運転変われ」
車のキーがこちらに飛んできた。
俺だって限界なんだけどな……
俺は車を走らせる。警備員に顔をじっと見られたものの、無事通った。
ジャリジャリ、と小石をタイヤが噛む音を感じながら、探偵社へと帰路を走る。
信号の赤ランプが光り、ブレーキを踏む。
車体の揺れよりも、何故かフロントガラスについた雨だれに意識が行った。
……雨なんて降ってたんだ。
「というか凛。浮気調査、なんて報告するつもりです?」
凛は助手席で体を楽にしながらつぶやいた。
「まあ、夫人が不知火医師に感じていた不信感が浮気と推定したんだろうが」
「ぶっちゃけ知らん。後で考える」
凛の声にいつもの覇気がない。
「というか、なんでグールは死んだ?」
「いや、祥也さんが水魔法使ったんでしょ? 青く光ってましたし」
俺のはずがない。何度か試したが、ダメだったんだ。
凛は片目を瞑った。
「だったとして、グールの死に方がおかしい」
「穴が開くでもなく、カラカラに干からびてたわけでもない」
「制限時間が来たとかじゃないの? グールには“活動時間”があった、とか」
「そんな間抜けな口封じがあるかねぇ?」
うーん、と三人で首をひねる。
フロントガラスの雨だれが、不規則に逆流して見えた。
目をこすっても、雨だれは戻らない。
あれを、すべて自分が? そう思いかけ、現実味がないと頭を振った。
――そもそも、今回の件にアウトライアーは関わっていたのか。
聞いたって良いが、彼の性格上徒労に終わりそうだ。知らぬが仏でもある。
「まあ、いいや。寝る。」
「あ、あと、桃。あれは私が悪かった。」
凛は謝罪の言葉を吐き捨てるように言った。
「い、いや、あれは、あの場で魔法が出なくなった私が……」
卯月さんは縮こまっている。
「うん? 凛?」
咲希が凛の顔を覗いた。
「……あ、これマジ寝です」
ま、マジか、こいつ。言うだけ言って、寝やがった!
咲希はため息をついた。
「桃もあんまり気にしないでいいですよ」
「当の本人があんな感じなんで」
卯月さんの顔は下がったままだ。
「うん。まあ、そうだね。大丈夫」
「うん、ごめんね? ホントに」
卯月さんは口元だけで笑い、視線を逸らした。
「本当に大丈夫です?」
咲希は卯月さんの顔色を注意深くうかがった。
「うん。大丈夫」
「大丈夫だよ、咲希ちゃん!」
無理に語気を上げているように感じた。
「もぉ! 優しいんだから♡」
そう言いながら、咲希を膝に乗せた卯月さん。
「すみません。これ暑苦しいんでやめてもらえます?」
「だめ」
咲希は諦めたように、体の力を抜いた。
ふと、車の窓を見た。
――『黄色の雨合羽』を着た人間が目についた。
瞬間、手汗でハンドルを持つ手が滑り、車体を大きく揺れた。
空は晴れ模様だが、雨が降っていたんだ。そうに、違いない。
右肩についていた渦模様は、見てみぬ振りをした。
――探偵社前。
凛はまだ眠りこけている。シートに沈んだまま、規則正しい寝息を立てていた。
卯月さんが目を合わせず、指先をいじっている。
「咲希、後で探偵社行くから先行っててくれ」
咲希はそそくさと扉の奥へと消えていった。
「佐藤くん。ありがとう、ね?」
卯月さんはぎこちなく笑う。
「何がです?」
「いや、怒ってくれてありがとうって」
彼女は改まってお辞儀をした。
「あれのお陰で私は救われたよ?」
「うん、大丈夫。これは嘘じゃない……」
彼女は自分の気持ちを確認するように呟いた。
あんなものはただ感情の赴くままに、自分の都合を吐きつけただけだ。
誰のためにもならない、ただの癇癪でしかない。
あんなもので忘れられるわけがないんだ。
「じゃあ、またね!」
「連絡先を――君、スマホないのか」
「じゃあ、ペットショップまた遊びに……動物アレルギーだから駄目か」
彼女は手を振り去っていった。満面の笑みを浮かべながら。
振る手は、それでも震えていた。
――そうして彼女は日常へ帰って行った。
「なんだ? あいつを狙ってんのか?」
車の中から起きてきた凛が、肩に手を掛けてきた。
「そう見える?」
「端から見ればいい感じじゃねぇの? 知らねぇけど」
俺は鬱陶しげに凛の手を払い、二人で探偵社へと向かった。
――探偵社内。
扉を開けるとコーヒーの香ばしい匂いが立ち込めた。
咲希が入れてくれたようだ。
「ありゃ。桃、帰っちゃいました?」
「うん。お金は俺から渡しとくよ」
コーヒーを啜った。
豆の香りの奥に消毒液を感じてしまった。
凛が膝を揺らし、指を鳴らしている。
……トイレ?
「いや、祥也。察しろ。こういうのは流れだろ」
「さ、流石に私でもわかんないですよ?」
咲希は困惑の表情を浮かべ、凛に耳を近づけた。
何か小声で話し合った後、咲希は鼻で笑った。
「ま、まじで素直に言えばいいだけなのに……」
咲希は咳払いを一つ。
「佐藤祥也さん。もしあなたが良ければうちで働きませんか?」
俺は何度も目をパチクリとさせた。
「凛が、生意気なやつがほしい。って」
咲希は口元を隠して笑っていた。
「私も本気で喧嘩してる凛、初めて見ました」
「凛っていつも正しいだけだから、喧嘩にすらならないんですよ」
凛は頭を掻いた。
「知性、耐性、共に過不足なし、だ」
「おら、迷ってるふりしてないで。さっさと来い、祥也」
「仕事が残ってんだよ」
――こんなの、俺からお願いしたいぐらいだ。
不謹慎なんだろうけど、今日一日、充実してたんだ。
本気で話し合えたのは俺だって初めてだった。
そして、都合もいい。
渦模様が脳裏で回っていて、胸の中がざらつく。
それでも俺は『神様』と対峙する覚悟を決めた。
「これからよろしくお願いします」
そうつぶやき、改まってお辞儀をした。
これより、
探偵を始める。
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