第10話「プロのベンチ、最初の夜」
黄昏セイルズのキャンプ地は、星影がいつも使っていた市営球場から電車で二駅離れた地方球場だった。ナイター設備は同じでも、ベンチの長さとロッカーの数が違う。星影ナインのユニフォームを畳んでバッグにしまうとき、浅間は一度だけ袖を撫でた。
キャンプ初日のブルペンには、球団ロゴ入りのジャージを着た捕手が三人並んで座っている。浅間の球を受けるのは、そのうちの一人だけ。里見はいない。代わりに、バックネット裏には見慣れた顔がいた。綾瀬と僕だ。黄昏セイルズの「データスタッフ研修」という名目で、短期契約の仕事をもらった。
プロのブルペンは、球数の表示方法が違う。一球ごとにタブレットの画面に球種とコースと回転数が並び、投げ終わった直後に数字が返ってくる。僕は画面の右端に、小さく自分用のメモ欄を作った——「チェンジアップ、ナイトリーグ時と同じ高さ」「ツーシーム、少し変化量増」。スコアブックは薄くなったが、書くことは増えている。
その日の夜、黄昏セイルズは地元の社会人チームと練習試合をした。浅間は五回から登板。最初の打者への初球は、やはり外角低めのツーシームだった。速度表示は、星影時代より2キロ速い。里見ではない捕手がミットを構え、それでもサインの意図はどこかで繋がっている気がした。
二死一塁、フルカウント。外のスライダーを見せたあと、浅間はチェンジアップを選んだ。打者のバットが空を切る。三者凡退でイニングを終えると、ベンチに戻った浅間がふとスタンドを見上げた。綾瀬がタブレットを掲げ、画面には大きく「0」の数字と、ゴロ率のグラフが映っている。
僕はその隣で、新しいスコアブックの一ページ目に、「プロのベンチ、初日・1回無失点」とだけ書いた。星影ナインの夜は終わった。でも、同じ夜の照明の下で、まだ続きの物語を書けることを、少しだけ誇らしく思った。
零時野球リーグ Season2 ソラ @sora3561891
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