最近のヨーロッパ金融市場では、かつて世界を動かしたロンドン証券市場の銘柄が「レトロ」と評されることがある。本作を読んでいて、その評価に頷かざるを得なくなった。本作は西洋史でよく言われる「両大戦期間」を扱っているが、そこに登場するイギリスの企業群は、今なおロンドン証券市場の看板として残り続けている存在だからである。
『日英同盟不滅なり』は、日英同盟が維持された世界線を通して、第一次世界大戦後から第二次世界大戦前夜にかけての国際情勢を描くIF歴史小説である。しかし本作の関心は、戦争そのものや派手な戦闘描写には置かれていない。政治、軍事、産業、技術といった複数の要素が、同じ方向を向いて動いていた「一時代の空気」を、淡々と積み重ねていくことに主眼がある。
作中では、国際連盟の意思決定、軍縮条約の形骸化、海軍・航空分野での技術交流などが、具体的な企業名や兵器開発、工廠の描写を通じて語られる。そこに英雄的な主人公は存在しない。登場人物たちは、あくまで役割を担う存在として配置され、個人の感情は抑制されている。そのため物語的な起伏は乏しいが、その代わりに「世界がどう動いていたか」という構造が、読者の目の前に立体的に立ち上がる。
特に印象的なのは、イギリスの企業や技術者たちが、まだ未来を作る側として描かれている点である。現代では伝統や格式の象徴として語られる企業名が、本作の中では国家戦略の中枢を担い、次の時代を切り開こうとしている。その姿はノスタルジーというよりも、時間の流れの残酷さを静かに突きつけてくる。
本作は、史実を知っている読者ほど強く引き込まれる一方で、基礎的な歴史知識を前提としているため、万人向けとは言い難い。しかし、その不親切さこそが本作の魅力でもある。説明を省き、判断を読者に委ねることで、「もし日英同盟が続いていたなら」という問いを、読者自身の思考として引き受けさせる。
『日英同盟不滅なり』は、勝利や理想を描く物語ではない。むしろ、分岐点に立つ前、確かに同じ方向を向いて走っていた時代が存在したことを、静かに振り返る作品である。その意味で、本作はIF歴史小説であると同時に、一つの時代への追想でもある。
まだ、作品の序盤ではありますが、満洲問題→米資本排除→日英の制度化→条約破綻誘導→工業・兵器体系へ、という因果のつなぎ方が素晴らしい。
IF作品ではありながら作者の狙いが如実に見える。
史実の“常識”を一手で反転させる、日英同盟継続IFの切れ味が抜群。
リットン報告の結論が変わった瞬間から、外交の根回しが産業へ落ち、産業が兵器を生み、兵器が次の外交を呼び込む——その連鎖が丁寧に可視化されていきます。
魅力は、人物の感情劇ではなく「国家の意思決定」を主役に据えたところ。
山本五十六とチャーチルの会談が象徴するように、会話の一言が条約を揺らし、条約の揺らぎが工廠の徹夜を生む。
読後に残るのは、史実よりも合理的であることの怖さです。
紅茶とスコーンの穏やかな卓上の下で、世界の歯車が静かに噛み合っていく。
大戦史IFのこの冷たい手触りが好きな読者や戦略オタクには、確実に刺さる一作。
戦史は進んでしまうと、追いかけるのが非常に難しい。
読み始めるなら絶対に今!