第5話 氓民

 太平道たいへいどうが着々と勢力を伸ばす中、顔良がんりょうの住む堂陽どうようのあたりで反乱がおきた。凶作と重税で困窮した大勢の民が自らの家と田畑を捨て、流浪の集団となって各地で蜂起し始めたその一端が、顔良の住む地にもあらわれたのである。

 その一団が暴徒化して、自らの住むあたりに迫ってきている、という言伝ことづてを聞いた顔良たちは、ほかの地へ逃げようとも考えたが

──それでは土地を荒らされるばかりで、世のためにはならぬ

 そう思ってこの集団と対決する道を選ぶと、すぐに次兄のしゅく簡牘かんとくを託してにいる長兄に送ってもらうとともに、自らは周囲の人たちに避難を訴えて、近くにある城の中にその身を移らせた。


 吏士りしに陳情したのち、自らもその勇を顕してこれを防ぐのに参加せんと言った。

 顔良はこの時、畑を耕していた最中に城へと入ったために極めて粗末な服を着ていた。そのせいか吏士たちは顔良のことを僕俾ぼくひか何かだろうと見くびって

「ならば剣を与えるから、城の外にでも打って出てみよ」

という態度で備えてあった武具を手渡してきた。

 顔良はこの態度にむっとはしたが、今はこのような些事さじに心を惑わされている時ではない、と気を取り直して、近くの俊敏さに優れていそうな者を上から三十人ほど選んだ。また、ともに城の中に逃げ込んだ父に自らの策を授けて、壁の外へ向かっていったのである。


 城の外に出ると、その反乱集団が歩くたびに起こす砂煙が遠くに見えた。

 顔良はもとは民が離散集合したものであるから、数はよくて数百だと思っていたが、それにしては余りにも煙が縦横に広がっていた。

──数千はいるな

と大体の数を察した顔良は、城の北にある林の中に身を潜めて動向をうかがいつつ、父に伝えた言葉も含めて、次にどう動くかを考えた。


 彼の集団はまずどちらに動くのだろうか。彼らがただ食料を欲する集団であるならば、無理に人の籠る城を攻めることなく畑に向かって作物や倉を略奪すれば良いと判断するはずだ。だが、彼らの目的はどこにあるのだろうか。徒党を組み、暴徒と化して一帯を闊歩かっぽしているのであれば、ただ物を食べる為だけではあるまい。先に畑に行こうと、城に行こうと、官吏かんりを襲い自治権を獲得しようと動くのではないか。


 次に彼らがする動きを予測しながらにいると、やがて濛々もうもうとした砂煙から人の影を捉えられるようになった。集団の動きをつぶさに見ていると兵卒ではないぶん、規律だってはいないが、ある程度の統率が取れているのはわかる。

 彼らは畑に向かわずして、城に向かって歩を進めた。彼らは食料が足らぬことよりも、救いの手を差し延べない人に恨みを抱いている。彼らが城というものに庇護されている人に対して、その矛先を向けて攻撃をしてくるのであれば、そのことはこの集団がただの流民ではなく、ひとつの思惑のもとに集まった同志となっていることも表している。


 城に迫ってきた賊に対する一の策として、父には膂力りょりょくに優れたものを選んでもらい、城壁の上に置くように頼んだ。取りついてきた者があれば、壁の上から石を落として迎え撃つように、と伝えていた。

 城を守るこちらの攻め手は見え透いているだろうから、この方法で敵を打ち破れるわけではない。あくまで牽制として行ったのである。

 また、弓やの類も使わないようにと言っていた。こういった強力な兵器を見せびらかしてしまえば相手はすぐに逃走する。相手はあくまで民である。彼らを先導する人物を真っ先に討ち取ることができなければ、むやみに民を殺すだけではなく、首魁しゅかいは勢力を何処どこかで取り戻して再び襲ってくる。

 このふたつの行為をもって動きを膠着こうちゃくさせているうちに、この集団の指麾しきを執る者は誰なのかを見極めようとした。少なくとも、これだけの規模の集団が誰からの指図も受けずに統率をもって行動できるとは言い難い。誰か目立つ者が指示をして全体の方針を決め、そして動かしているはずだ。


 顔良は鍬鋤くわすきの類を持って城を襲わんとしている集団の中に、目立つ格好をしている者がいないかを探した。衣服が目立っていなかったとしても、他と比べて行動が異質なはずである。

──居た

 その人物は集団のやや後方にいて剣を振り、城を攻めさせようと声を張り上げていた。

 しかし、壁から降ってくる石礫いしつぶてになかなか歩が進んでいかず、苛立いらだった彼は隣にいる男を斬りつけて、全員に前に進めと号令をかけた。その後、城側との一進一退の攻防を繰り返していると、辺りが次第に暗くなっていったのを境にして退いていった。


 顔良はこの一連の攻防を持ち堪えた城に戻ることなく、かの集団の持つ炬火きょかの光を目印にした。林の中を、先に選抜した三十人と共に追いかけて、彼らが夜営するところを襲いに向かった。これが、第二の策である。


 三十人の人夫達には支給された剣を持たせている。声を出さないように、そのあたりに落ちている枝や葉をばいの代わりとして口に含み、剣の反射光で察知されないように自らの衣を脱いで、それに包んで持っていた。物音を立てないように進んでいくと、炬火の光が大きくなっていった。

 言葉を発さないまでも、手でもって後ろに附いてきた人夫を制止させると、枚を外させ

「行くぞ、声を出せ」

と大声を出し、剣の身を剝いて一挙に夜営の準備をしている賊たちの中に突っ込んでいった。

 所詮は訓練を受けていない平民たちであるから一息に散り散りとなり、その場は混乱状態に陥った。先に見た、この集団のすいとみられる男も奥にいて

「静まれ、静まれ」

と声を張ってこれを治めようとしていたが、すでに統率を戻せる状態からは逸脱していた。

 顔良たちは何人かを斬ったが深く敵の陣の中に入ることはせず、むしろ浅い位置で剣を幾度か振ると、すぐさま林の中に戻ってもときた道筋を辿り、城へと帰った。


 城門の前に立ち、

「我はがん叔善しゅくぜんなり。賊軍の首を二、三持って参った」

と門を守る兵士に先ほどってきた首を示した。これを見た兵士は、彼は賊が遣わしたおとりで、門を開けた瞬間に攻め込まれはしまいかと疑った。こうなってしまっては城に入るのも容易ではあるまいと溜息をついた時、城の門が僅かに開いた。

「叔善よ、門を閉じる者が現れる前に早く入れ」

 次兄の粛が内から門を開けて、迎え入れてくれたのである。

「兄上、申し訳ない。さあ行こう」

 連れ立った人夫たちと城の中に駆け込むと、父と長兄、そして母が待っていた。

「敵の営に乗り込んで首を取ってくるとは、よほど無茶をしたようだな。彼奴らはどこに留まっていたのだ」

「父上、ご心配をおかけしました。賊はここから東北の方向、七、八里(2.8~3.2㎞)の林の中に営を築いておりました」

「そうかそうか。これで賊もおののいて、こちらに手を出すことはしなくなるだろう」

「いえ、そうとは限りません。彼らは家を持たぬ流浪の民。城が無理となれば、周りの畑やくらを狙うでしょう。そうなれば、これから冬に向かうのにこちらが飢えてしまいます」

「確かに、そうなってしまえば困ることになろうな。伯剛よ、冬に向けて衙のくらを放つことはできそうか」

「掛け合わないとわかりません。何しろ、近頃は鼠がおりますから」

「何とも、困ったことよ。この期に及んで──」

 父が言いかけると、向こうから速足で吏士がやってきた。

「勝手に門を開けたのは貴様らか」

 荒らげるようにして言い放った吏士に対して、次兄の粛が前に出て慇懃いんぎんに述べた。

「たしかに、そうでございます。門の前に居りましたのは我が弟で、さきの賊が留まっていた場所に三十人を率いて向かい、幾つかの首を取ったうえで還ってまいりました。ところが門の衛兵がその勇気に報いることなく、門を開けるのを拒みましたので、私が引き入れたのでございます」

 顔粛は顔良を立てるようにして吏士にこれまでの経緯を話したが、吏士たちからすれば許可もなく門を開けたこの行為を許すことはできず

「いくら門の外に打って出たとはいえ、それはこちらの許していない匹夫の勇を発したに過ぎぬ。周りに賊軍がいるのだ。家族の情にかまけて門を開けてはならぬというのは、そなたも知らぬ訳ではなかろう」

顔粛がんしゅくを責めた。


 顔毅がんきはこの言葉に慍然うんぜんとした。彼の胸中には二人の弟の行動と勇気を賞する心があったため、吏士りしの威圧に退くことはなく割って入り

「賊が来たときに、まず最初に門を閉めてつぶてにて応戦せよといったのは門外に出た叔善です。これに従って我々は城を守り、その行為に彼は信と勇をもって応えた。仲貞ちゅうていが門を開けたのは、家族の情などではなく一人の勇士を迎えるため。その行為を批判するのであれば、今度はあなた方が信を失って門外に出される番ですぞ」

と言葉に怒気を含ませた。

 周りにいた三十人の士も吏士の言葉に怒りを覚えていたのが見え、顔良は自らの行為をもとに城の中に不和が生じてはまずいと思い、これから自分のやろうとしていることを説き始めた。

「相手は流民です。ここで無闇にころしてしまえば、今は良いでしょうがのちに禍根が残り、より多くの叛意ほんいを起こすことになります。ゆえに、ころす数をなるべく抑えて首魁のみを討ち、これに参じた者には善道を示すべきです。それは即ち、帰農させること。今年ばかりは廩を開けて彼らを養い、次の年から田畑を与えて自らで食べられるようにしてやれば、それは天下に徳として広まり、人民を安心させることができます」

 吏士はこれを聴き分けたのか、あごひげでながら顔良に対して

「で、そのためにこれから何をするのだ」

と問うた。顔良はこれに答えて自らの策を話した。

「彼らは住まいがない分、執拗にこの地を狙うはずです。ならば襲われるたびに彼らの営所に向かい、今日行ったような夜襲を何度か行います。彼らは兵卒ではありませんから不満が起きるには数日あれば充分でしょう。そうすれば、彼らのほうから和議を申し立てに来ます。それに、我らは応じればよいのです」

「しかし、和議を容れれば彼らは増長し、またそむきかねん」

 吏士は反駁はんばくしたが、顔良は

「私にお任せください」

とだけ言って、次の夜に向けて休みを取りに行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る