第8話 February(8)

「え? 今日ってレッスンの日じゃなかったよね??」



ひなたは思わぬ展開に焦った。



「そうなんだけど。 ちょっと・・今日臨時で少しだけやってもらうことになって、」



「じゃ、じゃあ。 終わったら。 あたし、そのレッスン場のとこまで行くし、」



「その後も。用があって、今日遅くなるんだ。 ご、ゴメン!!」



奏は教室の時計を見て、慌てた様子でそして申し訳なさそうにひなたに謝って出て行ってしまった。




は・・




この展開は。



全く想像していなかった。




この日はレッスン日ではなかったものの、どうしても気になる部分があってさくらにLINEでお願いしたら30分だけ時間を作ってもらえることになった。



そしてその後は。



律に誘われた設楽啓輔のコンサートに横浜まで行くことになっていた。



正直戸惑いはあるけれど、



楽しみでもあった。




「うん。 自分から言いだしただけあって。 良くなってるよ。 モーツアルト、あんまり得意じゃないみたいだけど、コンクールの課題にもなってるしもちょっと精度上げていこう、」



さくらから珍しく褒められた。



「ハイ、」



一時のスランプから少しずつ抜け出しつつあった。



「今日、行くんでしょ? コンサート。」



さくらは静かに声をかけた。



「あ・・ハイ、」



何となく気まずい気がして小さな声で返事をした。



「初めて。 彼のピアノ聴いたのNYでのコンサートだった。 なんかシビれちゃってね。 一発で。 知り合いにお願い一度でいいから会わせてって・・無理矢理頼み込んで。」



さくらはふっと微笑んだ。



「それから・・彼のことを知れば知るほど。 もーね、なんっかすっごい変人なのよ。 ピアノ以外のことは間が抜けてるし。 ピアノ弾いてる姿はほんっと・・王子様みたいでステキなんだけど。 ピアノがないと・・魂が抜けてるみたいになっちゃってね。 ATMでお金も下せないし。 お湯沸かそうと思って、オーブンにケトルをつっこんじゃって。 危うく火事になりそうになったりね。 でも。 きっとそういうところが天才につながるのかなーって。 浮世離れしてんのよ。 ほら、真尋さんだってそうだし。奏は。 イイコ過ぎちゃって。 それが心配っちゃあ、心配かもね、」



さくらの言葉に軽い驚きを覚えた。



「もっと。 『ヘンな人』になりなさい。 あんた、周りのこと気にしすぎ。 人に気を遣い過ぎ。 律はわがまま娘で、ほんっと手を焼いたけど。 本気で罵り合いもしたしね。 子供相手に。」



思い出してふふっと笑った。



「ヘンな人って・・」



奏は戸惑った。



「もっと自分を大事にしなさいってこと。 自分中心でいいのよ、」



いつもの厳しいさくらとは少し違っていた。



出会ってまだ間もないと言うのに、自分の本質をものすごく見抜いている気がした。



設楽と別れるいきさつになった自分にこんな言葉をかけてくれる、という事実を考えるだけで申し訳ないのに



彼との思い出話もしてくれて。



「・・ありがとう、ございます。」



奏は思わず彼女に礼を言っていた。



「お礼は。 最後にあんたが藝高に受かったら言って。 それまでは・・お互い『ケンカ』だよ、」



さくらは可笑しそうにそう言った。




「ご、ごめん! バスがさー、なかなか来なくって、」



約束の駅に律は20分も遅れてやってきた。



「もー、間に合うかな・・」



奏は心配そうにスマホを見た。



「あたし、時間の逆算がダメでさー。 今日もしっぱいしたー、」



「時間が守れない方なんですね・」



「あー、わりと。 いつも友達に怒られる。 ま、でもさ。 遅れても死ぬわけじゃないし、ね?」




ヘンな人になりなさい




さっきさくらに言われたことを妙に思い出して笑いそうになった。

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