第6話 途中式を、あなたに
恋の方程式は、
途中式が一番美しい。
答えが出てしまえば、
もう戻れないから。
私は今、
綾音の隣を歩きながら、
あえて計算を放棄している。
——けれど。
あなたは違う。
今日の私は、
観測者であり、出題者だ。
放課後。
昨日と同じ道。
でも、空気は同じじゃない。
綾音は私の少し前を歩いている。
近すぎず、遠すぎない。
歩幅は、ほぼ同じ。
距離は——
さて、Zはいくつだと思う?
彼女は振り返らない。
でも、完全に前も見ていない。
視線は、斜め下。
私が立ち止まると、
一拍遅れて、彼女も止まる。
偶然?
それとも、意識?
目が合う。
逸らさない。
でも、長くもない。
この視線。
Yはいくつ?
「今日さ」
綾音が言う。
声は、昨日より少しだけ高い。
でも、弾んではいない。
「数学の小テスト、どうだった?」
他愛ない話題。
なのに、なぜ今?
私は答える。
「まあまあ」
綾音は、少し笑う。
口角だけが上がる。
目元は、柔らかい。
Xは?
彼女は笑ったまま、私を見る。
「智鶴なら、満点でしょ」
——評価。
信頼。
それとも、好意?
彼女の手が、鞄の紐をぎゅっと握る。
緊張?
無意識?
Wに含める?
公園の前。
また、同じ場所。
でも今日は、彼女のほうから立ち止まった。
「……ねえ」
名前は呼ばない。
でも、私に向けて言っている。
距離、縮まる。
肩が、触れそうで触れない。
Zは?
「智鶴ってさ」
間。
沈黙。
——この沈黙。
第2話では
「解けない変数」だった。
今はどうだろう。
「私のこと、どう見てるの?」
直球。
逃げ道はない。
私は答える。
「……難しい問題」
綾音は一瞬きょとんとして、
それから小さく笑った。
さっきより、深い笑み。
X、更新?
「それ、褒めてる?」
「解析対象としては」
彼女は、呆れたように息を吐く。
でも、離れない。
目も、逸らさない。
Y、維持?
「ね」
彼女は、少し声を落とす。
「智鶴って、計算好きでしょ」
——来た。
核心。
「でも」
彼女は言葉を選ぶ。
「……私の気持ちまで、ちゃんと入ってる?」
この一言。
Hは、確定。
秘密にしていた感情の、自己申告。
私は、何も言えなくなる。
計算式が、頭に浮かぶ。
X:笑顔
Y:目線
Z:距離
V:声のトーン
W:身振り
H:秘密行動
全部、揃っている。
——あなたなら。
今の数値を、どう置く?
彼女は、私の返事を待っている。
逃げない。
笑わない。
でも、期待も押し付けない。
ただ、そこにいる。
私は、あえて答えを出さない。
代わりに言う。
「……一緒に、確かめたい」
綾音は、数秒黙って。
それから、ゆっくり頷いた。
「うん」
その声は、柔らかくて。
でも、浮ついていない。
この瞬間を
キュン到達と呼ぶかどうか。
それは、
あなたの計算に委ねる。
私は、まだノートを開かない。
答えを知るのは、
もう少し先でいい。
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