第5話 計算しない勇気

恋の方程式は、

計算しなければ壊れない。


でも——

計算しないままでは、前に進めない。


最近、私は綾音を「数えなくなった」。


正確には、

数えようとして、やめる。


彼女が笑えば、Xを思い浮かべる。

目が合えば、Yが頭をよぎる。

距離が近づけば、Zが浮かぶ。


それでも、私はペンを止める。


——今、計算したら

この空気が終わる気がした。


放課後、私たちは並んで歩いていた。


言葉は少ない。

でも、沈黙は重くない。


彼女の歩幅に、私が自然に合わせている。

それとも、彼女が合わせているのか。


距離は、近い。

でも、触れない。


Zは、1か2か。


「智鶴」


綾音が呼ぶ。


私は見る。

彼女も、見る。


視線は、逸れない。


Y=……?


「この前さ」


彼女は少し笑って、でも目を逸らさない。


「一緒に考えよって言ったでしょ」


「うん」


「……あれ、本気だから」


声は低く、静か。


Vは、1?

それとも2?


私は、答えない。


代わりに歩く速度を、ほんの少し落とす。


彼女は、その変化に気づいて、同じように歩幅を調整する。


——無意識。


これは好意?

それとも、信頼?


公園の前で、綾音は足を止めた。


「ちょっと、寄ってかない?」


ベンチに座る。


距離は、肩が触れるほど。

でも、触れない。


Z=2にしたい。

でも、まだ1とも言える。


風が吹いて、彼女の髪が揺れる。


それを、私が手で押さえる。


触れた。


一瞬。


彼女は驚いた顔をして、でも逃げない。


笑わない。

でも、目を伏せる。


Xは?

Yは?


どれも、曖昧。


「……ありがと」


小さな声。


私は手を引く。


心臓の音が、うるさい。


この瞬間を、

キュン到達と呼ぶ人もいるだろう。


でも。


告白はない。

約束もない。


ただ、空気だけが変わった。


綾音はベンチに座ったまま、ぽつりと言う。


「智鶴ってさ」


「なに」


「……優しいよね」


それは評価?

それとも、距離を測る質問?


私は、少し考えてから答える。


「必要な時だけ」


彼女は、くすっと笑った。


満面ではない。

でも、柔らかい。


X=1?

2?


立ち上がるとき、彼女が私の袖を引いた。


一瞬だけ。


「また、考えよ」


その言葉。


未来形。

継続の意思。


Hは、確実に1以上。


でも、私はノートを開かない。


数値を出したら、

答えを決めてしまうから。


この恋は今、

途中式のままがいい。


私は彼女と並んで歩き出す。


キュンなのか、

まだ興味ありなのか。


その答えは、

次の一歩に委ねる。

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