第7話 BLΦOD is thicker than water(1)
“縁斬り”執行予定日当日――。
現れた女を一目見て二階堂は「えっと……どちら様でしょうか」と尋ねた。
飾り気のない黒いスーツに、お団子にまとめた黒髪。頬に点々とそばかすをうたれた童顔が可愛らしい。
彼女は銀縁眼鏡をクイっと指で押し上げて「ハジハジひど〜。やだなあ、あたしだよあたしっ」と、いつも通りの声色で言った。
首からぶら下げた名札ホルダーに入った「合同会社ハレバレ 琴坂紫李」という名刺がなければ彼女とはとても気づけないだろう。
「就活生みたいですね。コスプレですか」
「違いますぅ〜。これがあたしの素の状態ですぅ〜」
これから敵の本丸に殴り込みに行くというのに、二階堂はどうにも調子を狂わされる心地だった。
だが紫李とて酔狂でこんな格好をしているわけではない。縁斬りの仕事の八割はこうした地味な活動なのだ。
首都高速神奈川3号線沿いを南西へ、二人並んで進む。傍目にはきっと、新卒採用の営業とその挨拶回りに付き合う先輩として映ることだろう。
「見えました」
二階堂が指差す方向に、目的の施設が姿を現した。
コンクリート打ちっぱなしの五階建ての建築物は閉鎖的で、窓ひとつない無表情なものだった。
「厳戒態勢、って感じですね」
何か後ろ暗いものがあるとしか思えなかった。
厳重に閉ざされたスライド式門扉。その傍に設置された簡易ブラッドチャージャーにはブルドッグのようなワゴンがつながれている。出入口前には身長二メートルはあろうかというスキンヘッドの強面がビシッと立っている。立哨だろうか。
二階堂が思わず足を竦ませた矢先、スキンヘッドがこちらの存在に気づいて睨め付けてきた。
「うひぃ。や、やっぱり出直しませんか……?」
が、怯える二階堂のことなどお構いなしに紫李は「あ、こんちはー」と右手をチョイと挙げて親しげに挨拶した。
「な」
その肝の据わり方に関心を通り越して呆れそうになったが、意外、スキンヘッドマンもおやっと眉根を緩ませて「ああ、どうもどうも」と返してきた。
「お久しぶりでーす」
「っスね。夏の有明事案以来じゃないっスか?」
「あーね! コミケット集団失踪の! えーナツイわ〜てかアレもう半年前? 怖〜〜〜すぐババアになるじゃんね」
「またみんなで打ち上げ行きましょうね」
「や〜〜〜それな!」
「あのう。お知り合いですか……?」
二階堂がおずおずと手を挙げて訊くと、紫李は「あ、そそ」と思い出したように互いを紹介した。
「こちら、同業者の西川さん。今回の現場のアテンドしてくれてんの」
「西川っス。雨宮の姐さんたちにはいつもお世話になってるっス」
「西川さん、こっちが今回のクライアントのハジ……えっと、ほら……はい、自己紹介っ」
「忘れてたでしょ、今、依頼主の名前忘れかけてたでしょ、ねえ」
二階堂は納得いかないような顔で首を傾げながら「二階堂はじめです。どうぞよろしくです」と言った。
「というか……えっ。アテンドって?」
紫李は目をぱちくりさせながら「そりゃアポは取るっしょ。先方だっていきなり来られても迷惑だろーし」と当然のように言った。
「先方って。じゃあ敵は、今日僕らが来るってコト知ってるんですか?」
なんてこった。彼は天を仰いだ。
紫李は「いいかいハジハジ」と、両肩をガシッと掴んで説得するように言った。
「敵つったって何もドンパチやらチャンバラやらおっぱじめようっツーわけじゃねんだ。TPOを弁えたピシッとした格好でキチッと対話する。それが縁斬りの極意ってもんよ」
「なるほど……」
二階堂は、何か自分がひどく子供っぽい勘違いをしていたことを諭され恥ずかしくなった。
紫李はフフンと鼻高々になって「まっ、この仕事で一番大事なのは交渉力だかんね結局! ほんじゃ行ってくるわ。西川さん、ハジハジのこと頼んだよ」
堂々と門をくぐって正面玄関へ向かっていく紫李。その背中が二階堂には、まるで巨人のように勇敢で頼もしいものに見えた。
西川のワゴンの中で待つこと五分。
「あれぇ」
ついさっき勇ましくネゴシエーションに挑んでいった紫李がてくてくと戻ってくるのが窓から見えた。海外の珍味でも食べたみたいな不思議な表情を浮かべている。
コツコツとノックされ、西川が運転席の窓を開ける。
「おかえりなさい。随分早かったですね」
「や、それなんだけどさ。どうも向こうの窓口担当と話が噛み合わないっツーか……今日って聞いてないとか言ってるんだけど」
「なんですって」
西川は慌ててクルマから降り、ブラッドチャージャーの陰に巨体を潜ませて(潜めていない)血式端末でどこかへ連絡をとりだした。
「あ、もしもし私です。今日の九十九の案件なんですけど……はい……はい……ええっ、今更困りますよぉ……ヤダァ、もう。信じられない。ウチだって毎月毎月紹介料払ってるんですからね! はあぁん、んもうっ!」
セダンに凭れかかりながら紫李は「なんか揉めてる系だ、コレは」と達観したように目を細めて呟いた。
西川は戻ってくるなり両手を合わせ、開口一番「申し訳ないっス紫李さん」と謝罪。
「ウチと直接やりとりしてるコンサルさんとの間ではちゃんと話通ってたんだけど、もう一個上の、現場に近いセクションでアポが滞ってたみたいで」
「うわ、まじかー」
「普段のハレバレさんとのお仕事と違って今回は直請けというのもあって……あ! や、その言い訳してるわけじゃないんですけど。ほんとすんませんっス……」
紫李は掌をひらひらさせ「やーいいって。ドンマイドンマイ、切り替えてこ」と、フォローした。
詳しい事情は解らないながらも、怪しい雲行きを察した二階堂が「どうするんです?」と耳打ちした。
「こうなっちまったらノコノコ帰ってまた来週〜とはいかんでしょ。連中だって妹さんひっ連れてどっかに飛ぶかもだし」
その可能性は十分にあった。
「しゃあない――“強制執行”だな」
そう言うと紫李は鞄からバインダーを取り出し「備品持ち出しリスト」の各チェック項目に素早くレ点をつけていった。
お団子にしてあった髪をほどく――と、二階堂が「あっ」という間に魔法のように色がいつもの錆びた金色へ早変わりする。
「こっちのが楽」
広がった金髪をざっくばらんなポニーテールにまとめ、満足げに頷く。
側近のように傍に立っていた西川が黒い上着――特殊レザー製の防血コートを広げ「お願いします」と。紫李はそれに腕を通し、肩を軽く回して着心地をたしかめる。
最後に銀縁眼鏡を外し、瞼を一度二度、瞬かせる。
その瞳は紅に燃えているかに見えた。
「合同会社ハレバレ筆頭縁斬師、琴坂紫李。午後三時四十五分執行開始します」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます